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2010年11月2日火曜日

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寓話『井戸を掘れ!』1.0 ~確実に掘り当てるのに必要なモノ~

寓話の背景
なぜベンチャーの多くが生まれてすぐに消えてしまうのか?
ベンチャーにチャレンジする創業者には優秀な人がおおいと思う。
だが圧倒的多数のベンチャーが数年以内に消えていってしまう。
ベンチャーのほとんどが一つのビジネスでスタートするわけだから、裏を返せばほとんどのビジネスが利益を生み出す気配すら見せずに消え去っていることになる。よほどの人脈と経験がない限り最初に手掛けたビジネスと違うものを素早く立ち上げ生き残っていくのは至難のワザであることは想像に難くない。
だからこそベンチャーにとっては最初に何を手掛けるかはとても重要だ。

では失敗するビジネスと生存するビジネスの違いはどこにあるのか?
そのことに一石を投じたくて、"The Sure Thing"を抄訳した。
だけど、まだ十分じゃない気がする。確かに存在するビジネスを機知でもって賢く買い取るスタイルがリスクが少ないというのはわかった。
しかし、だれもが既存のビジネスを買えるほど確立されたバックグラウンドを持っているわけではない。
ぼくたちが本当に知りたいことは、”どうすれば勝算の高いビジネスをスタートすることができるのか”ではないか?

ゼロからの起業は誰にとっても危ないものなのか?
生き残ったベンチャーは運がよくて、そうでないもの達は不運なだけだったのか・・・??
ぼくたちだってグラッドウェルみたいに既成の概念を疑ってみるべきではないか?
仮にうまくいったベンチャーたちが、”うまくいくべくしてうまくいった”という風に考えてみるのは意味があるのか?
ゼロからの起業でしかもリスクをとらない・・・それが可能だとすればどのようなものか?

The Sure Thingで学んだこと、今までの経験、成功した事業家たちがこっそりと繰り返してきたこと、そんな手元に集まっている知識や理解を一つの寓話にまとめてみることでゼロからの起業とはなんなのか?そこで失敗をしないための要諦とはなにか?をあらためて見つめなおしたいと思った。
これは起点であってゴールではない。どこかにこれ以上の知恵を持っている人もたくさんいるとおもう。そんなフィードバックも巻き込んでこの寓話がどんどん進化していけば・・・その先にみんなが共有できるおもしろい”気付き”が待っていそうな気がします。

*   *   *

寓話『井戸を掘れ!』1.0 ~確実なことを掘り当てるのに必要なモノ~
"Dig a Well, Unfailingly" by Hiro. Senaga

これは僕たちがすむ世界にくらべ科学技術の発展が遅れている、ある想像の世界のおはなし。
そこでは人々が水だけを飲んで暮らしている。
水をたくさん持っている人はうらやましがられ、少ない人は見向きもされない。

そして渇きすぎると死がせまってくる。だから誰もが水を補給することに必死な世界。

この世界で水を手に入れるには二つの方法しかない。
川で水を汲むか、井戸で水を汲むかのどちらかだ。(いまでは雨もほとんど降らなくなってしまった)

川
この世界では大人になるとほとんどの人が週に五日、川に水を汲みにいく。川で水を汲むには往復で16時間の移動が必要になる。何人もこのルールを曲げることはできない。しかも水を汲める容器の大きさは一人ひとり決められており、勝手に容器を変えることもできない。川には”水番”と呼ばれる人たちがいて、毎日、一人ひとりの容器のサイズが変わっていないかをチェックしているから。水番には、”容器を没収する”権限も与えられている。没収された者は川に水を汲みにいくことは許されない。これが川に水を汲みにいく者に定められたルール。

井戸
井戸で水を汲もうとすると、条件はもっと厳しくなる。基本的に二つの方法しかない。

一つはすでにある井戸から水を分けてもらうこと。この世界では満々と水をたたえた大きな井戸が数個存在する。それらの井戸も厳重に警護されていて、井戸の所有者とその身内以外、勝手に汲むことは許されない。川から水を汲んでくるのと似て、水番に容器のサイズを認めてもらう必要もある。そして川にくらべここではそれほど大きな容器の持ち込みは認められない。そこで水を貰いたいのなら小さい容器で我慢するしかないのだ。

もうひとつの方法は、井戸を掘ること。井戸を掘るには時間がかかるので、よそに水を汲みにいくことを断念しなければならない。当然失敗すると強い渇きに脅かされ、下手をすると死に至ることもある。川に戻ろうとしても、使わなくなった容器は認められないので、水番に認めてもらい新しいものを与えてもらうしかない。時には一年とか待たされるのだ。
この世界ではそのほかにも何百個もの小さな井戸が存在する。水が湧いているものもあれば、カラ井戸かもしくは途中まで掘られて見捨てられた未完成のものもある。井戸は掘ればあたるというものではないようだ。水がでる井戸のほとんどは小さな井戸で、一人か二人の所有者たちを潤すのが精いっぱいの水量しかない。だから彼らは他人には分け与えない。

そして重要なことだが、大きな井戸を掘り当てた人たちや複数の小さな井戸を持つ人たちはどうしたら井戸を掘り当てられるかをあるていど知っている様子だ。だが、それを他者に教えることは一切ない。彼らはその経験値にこそ価値があることを熟知しているから。また他者が同じように井戸を掘り当てると自らの水源に影響が及ぶかもしれないという危惧も少なからず抱いていると思われる。だからこの世界では井戸を掘り当てる知識は伝播することはない。

この寓話の世界観


この世界でくらすダンも川に水を汲みに行くようになって5年が経つ。ダンの容器はそれほど大きくなく、週に五日はかならず川に水を汲みにいかないとたちまち枯渇してしまう状況にある。友人マイクも状況は同じだ。二人はよく一緒に川に水汲みにいく。

マイク 「聞いたかい?スティーブの水汲みの資格が取り消されたらしい。昨日のことだ」
ダン 「スティーブが?なぜ?つい最近みんなの容器のサイズを小さくしたばかりじゃないか。なんでよりによってスティーブなんだ?」
マイク 「よく知らないが、担当の水番に嫌われてたからな・・・。表向きは川の水量が減ってきたのが理由だと言われたらしい。かわいそうに・・・」
ダンは怒ったような口調で言った。「理由があるならまだしも感情でやられたらたまんないよ。実際、川の水量はまったくかわってないじゃないか」
マイク 「それは俺も同感だよ。だけどなにができる?水番がそういう限りいくらあがいてもダメさ。これがルールだから仕方ないよ」
ダン 「マイク、俺たちはいつまで水を汲みに行けるんだ?考えたことあるかい?スティーブに起こったことは俺たちにも起こりえるよ。なんとかしなきゃ・・・きいてるだろ、最近いとこのマシューが掘り当てたんだよ、小さな井戸を!」
マイク 「ああ、マシューはラッキーだ。もう川に水汲みにいかなくていいんだからな。水が涸れなきゃ、井戸のそばでのんびりと過ごせる。まったくスティーブとは大違いだ。でもよしとけ!井戸ほりゃどうにかなるなんて。ありゃバクチだ。お前も俺も一回失敗したんだ。それで沢山さ。しかも次に失敗したら川に水汲みに戻れないかもしれないんだぜ」

マイクの言うとおり、二人は過去にそれぞれ井戸を掘って失敗し、渇きで死にかけた苦い体験があった。
ダンは深く掘ることはできたが水が出なかったのだ。
マイクの場合は深く掘ることもできず途中で投げ出した。
そう二人とも井戸を掘る怖さは身に染みてわかっている。

その夜、ダンは寝つかれなかった。
―これからどうなるかなんてだんだんわからなくなってきている。水番の気分しだいでは、ひょっとしたら来週から川で水汲みをすることもできなくなるかもしれない。マイクは井戸掘りなんてかんがえるなというが、このまま我慢しても良くなる保証なんてどこにもない。ほんとうに井戸を掘ることは不可能な話なんだろうか?実際、掘り当ててる人と俺たちとの違いってなんなんだ・・・・・・?

翌日は土曜日だった。
起きがけにダンはあることを思いついた。ダンを昔から可愛がってくれている物知りのトニー爺さんにあってアドバイスをもらうこと。それが最善に思えた。
一緒に行くことになったマイクとダンがいよいよ出かけようとしたとき、スティーブがやってきた。うなだれて語るスティーブに同情した二人は彼も誘って出かけることにした。

仲間とふたりで小型の井戸を持って悠々自適に暮らしているトニー爺さんは三人を温かく迎え入れてくれた。

二人を紹介してダンはさっそく切りだした。「トニー爺さん、いろいろ考えたけど、やっぱり僕たちも井戸を掘り当てたいんです。どうやったらそれができるか教えてもらえないでしょうか」
トニー爺 「ダン、わしはお前のことを子供のころからかわいがってきた。だがな、お前も知ってのとおり井戸を所有するものはギルドと呼ばれる盟約に宣誓をして初めてその所有権を保護される。その中でも一番重要なことが”語るなかれ”なんじゃよ。井戸をどうやって掘ったのかは他の者に知らしてはいかんのじゃ。相続する者いがいにはな。そしてわしには息子が一人おる。お前だってそれくらいのことはわかるじゃろう」
ダン 「わかっています。トニー爺さん、手がかりでいいんです。ぼくたちは一度自分でやってみてその怖さを身にしみてわかっている。だからこそ、本当に諦めるかを決めるうえでも、このことをきちんと考えてみたいんです。その手がかりだけでも教えてもらえればすごく助かるんです」
・・・・・・
しばし沈黙のあとトニー爺さんが重い口をひらいた。「ひとつ言えるとしたら、すべての井戸と途中で失敗した井戸穴にいってみろ、ということじゃ。よくみれば手がかりがつかめるかもしれん。けっして所有者に質問してはならん。警戒を招くだけじゃからな。アタマを働かせてひたすら観察するのじゃ。おまえたちだったらできるかもしれん」

ダンとマイクとスティーブの三人はそのアドバイスにもとづいて、手分けしながら調べることにした。
スティーブは川にいくことができなかったが、彼の家族から少し、そしてダンとマイクから少しずつ水を分けてもらうことで渇きをまぬがれることができた。そのかわり誰よりもたくさんの井戸の調査を担当することにした。

彼らは小さな井戸について次の三点を調べた:

  1. キチンと掘られているかどうか
  2. 水があるのかないのか
  3. 何人が所有しているのか


井戸の数だけで百以上あるうえに途中で止めてしまった穴がその数倍もあるためこの調査には結局四か月もかかってしまった。スティーブがいなければもっと時間がかかっていただろう。

彼らの調べた結果はこうだった:

  1. きちんと掘られた井戸は680、途中までしか掘られていない井戸の数は640だった。
  2. 水がある井戸とカラ井戸は136:544、つまり2:8の比率だった。
  3. 10人以上が所有者である井戸は2、それより少なくて5人以上が35、それより少ない井戸は99個だった。


このことから、この世界では井戸を掘っても20%の的中率しかないことが分かった。10回に8回は失敗する。どうりでマイクもダンも失敗してしまったわけだ。
そして水が出る井戸の実に70%強が水量が少なくせいぜい二人までの所有者を潤すのがやっとの状態であることもわかった。

三人は調べた井戸と掘り穴すべての写真もとっていた。そこで彼らは調べた結果にもとづき、写真も分類してみた。
ところが井戸も掘り穴も入口部分はきちんとレンガで作られており、とくに大きな違いは見られなかった。

ひとつの井戸を掘るには二人がかりでも最低一年はかかる。
この事実と調べた結果にもとづいて三人はそれからしばらく一生懸命考えたのだった。
でてきた現実的な案は次のようなものだった:

  • 五つの井戸を10名で掘らせ、そのメンバーの分の水を40名の仲間がサポートする。(この計算だと50年間続ければ一人ひとりが井戸を手にすることになる。確かに妙案に思えたが時間がかかりすぎるし、それだけの仲間を説得することができるかもわからなかった)
  • 週末に三人で掘る。これだと一つの穴を掘り上げるのに一年半かかることになる。仮に5本井戸を掘ったとしても7.5年だ。(確かに時間がかかるが、この時の三人にはこれが一番現実的な方法に思えた)


ダンたちは、この結論を持ってもう一度トニー爺さんにアドバイスをもらうことにした。

三人の努力の末の発見とアイデアを聞いたトニー爺さんはしばらく黙考したのち、こういった。「残念ながら、その三人の案もうまくいかんじゃろ。ダン、それから君たちはまだ若い。若さの長所は楽観じゃが、短所は無知なことじゃ。君たちにはまだ知らないことが多い。長く生きてはじめて理解できることもある。そのうちの一つが人は時間にたいしてそれほど忍耐強くないということじゃ。三人で7年半かける案にしてもはずれ続ければ6年目が終わるまで成果がないということになる。そのころには1/5の確率なんてもう誰も信用しなくなっておそらく五本目を掘ることもむずかしいじゃろう。しかも掘り当てたとして一人分の水量しかなければどうするんじゃ?争うのかな?分け合うとしてもみんなが納得のいく分配はむずかしいじゃろ。もう一度考えなおすべきじゃ」

トニー爺さんとの話し合いのあとから、マイクもスティーブもすっかり意気消沈してしまった。ダンですらなかばあきらめ、”しょせん井戸を手に入れるなんて運不運の問題なんだ”と納得するようになった。来る日も来る日もダンとマイクは川に水を汲みに通い、スティーブは大きな井戸で水を汲めないかと水番にお願いしてまわる日々を過ごしていた。

そんなある日、トニー爺さんからダンに手紙が届いた。
開いてみるとそこには一行、”マシューに会いにいきなさい”というメッセージが書いてあった。

次の週末、ダンたち三人はマシューを訪ねた。
マシューは大きな水差しいっぱいの水を用意して三人を迎えいれてくれた。
三人が入るなり一言、「トニーの爺さんから頼まれてる。今日はむずかしい話抜きで三人と楽しくすごしてくれってね」と言った。
それから数時間、四人は会話をたのしみ、水をがぶ飲みしながら贅沢な時間をすごしたが、ダンたち三人はどこかはぐらかされた気持ちだった。
井戸を手に入れたマシューの暮らしぶりは裕福で悩み事などないかのようだった。
楽しいひと時を終えてマシュー宅を辞そうとしたとき、マシューがサッと小さな紙切れをダンの手に滑り込ませて、さわやかな笑顔で「また遊びにきてよ」と言った。

三人はダンの部屋に着いてからその紙切れを広げてみた。
そこには、”ディープ・ランダー。夜つけろ!この紙燃やせ!”とだけ走り書きされていた。
スティーブ 「ディープ・ランダーなら知ってる。三人のグループで、ここ一年あまりで五本の井戸を発見した連中さ。いまでも活動しているはずだよ。おれが井戸を回っていたときよく噂を耳にしたのさ。かなりのやり手らしい」
マイク 「なるほど、だとすると、そいつらを夜尾行しろってことかい?マシューのアドバイスに従うなら」
ダンがその紙切れに火をつけながら言った。「スティーブ、悪いができるだけディープ・ランダーの詳しい情報を集めてきてくれないか。あつまった情報に基づいてもう一度は話し合いたいんだ」

そして次の土曜日の朝、三人はダン宅にふたたび集まった。

スティーブが調べたことを報告し最後にこう加えた。「やはりなんといっても驚くのは、ディープ・ランダーの連中はこの一年あまりで五本の井戸を掘ったんだが、一度もはずしていないってことだ」
ダン 「つまり五本だけ掘って五本とも的中ってことかい?」
スティーブ 「そう、そのとおり。信じられるかい?確率でいうとえーと・・・」
マイク 「それだけで普通じゃないことは十分わかった。問題はなぜ彼らにそれができたのか?ってことだな。スティーブ、それはどう思う?」
スティーブ 「それはまだわからない。ただ彼らは自分たちでちまちま掘ったりしないんだ。掘る地点を決めたら穴掘り専門業者に委託をしてすばやく掘ってしまうらしい」
ダンも身をのりだして言った。「確かに興味深い。わかるのはマシューには彼らの秘密がわかっているってことだ。彼らはおそらく夜しか活動しないんだろう、スティーブ?」
スティーブ 「そういうことかもな。実は彼らの現在の居場所も掴んでいる。彼らが今晩動くかは知らんがやってみるかい?」
三人に異存はなかった。

その夜、彼らはディープ・ランダーが滞在していると思われる建物を見張ることにした。
がその日ディープ・ランダーに動きはなかった。
翌日の日曜日も待ってみたが同じことだった。

また一週間が始まるので見張りはスティーブが担当することになった。スティーブもこうなったら昼夜彼らを見張るつもりだった。動きがあればダンとマイクにかけつけてもらう手はずもととのった。
ディープ・ランダーは昼間ぶらぶらと出かけることはあったが、夜出かける様子はなく、それからまた数日があっという間にたってしまった。
スティーブはその間、昼夜を問わず彼らの動向を監視し続けてくれた。
そしてついに木曜日の晩、スティーブからダンとマイクに連絡が入った。動きがあったのだ。二人は急いでスティーブに合流した。

この尾行のためにダンは知り合いから双眼鏡を一台借りてきていた。これによって離れた距離からでも何をやっているかを確認することが可能となった。

その日のディープ・ランダーたちは明らかに”仕事”に出かけるらしく、簡単とはいえ装備を背負っていた。
三人は怪しまれないよう通行人に紛れ十分距離を保ちながら彼らをつけていった。
ディープ・ランダーは時折背後を確認しながらゆっくりと進んでいくのだった。彼らはあきらかに誰にも知られたくないことをこれからしようとしているのだ。
三人が緊張したのは言うまでもない。

街の外れにきたあたりから昏くなり、ディープ・ランダーの足取りが急に速くなった。
通行人もすくなくなってきたのでまっすぐ後ろをつけると怪しまれる。三人は道と並行している丘陵を伝ってつけることにした。
それから一キロほどは進んだだろうか。ディープ・ランダーがある場所で立ち止まった。後ろ振り返り入念にあたりを見回している。
小さな照明が灯された。
知られたくない何かがこれからはじまるのだ。一人が何かを機械を取りだした。

三人は一台の双眼鏡をかわるがわる手にし、喰い入るように覗きながらささやき合った。
「湿度計じゃないか」
「ああそうだな、よくわからないが高性能なヤツに見えるな」
「でもそんなのみんな使っているぜ。かれらもそれだけを使って見つけてるってのかい?」

ディープ・ランダーの三人は湿度計を手にそれぞれ円を描くように歩きだした。
どうやら一番高く反応するポイントを特定しているらしい。
そして二人のメンバーが手をあげてそれぞれのポイントで立ち止まった。
もう一人のメンバーがいそいでそれぞれが示した地点にマーキングをしているようだった。
そしてそのうちの一か所に三人が集まった。
何か反射する長いペンのようなものを取り出しているようにみえるが三人にはそれがなんなのか判然としない。
しばらくみていると、かれらはそのペン状のものをつなぎ合わせ一メートル弱の長さを作った。
そしてそれを地面に突き立てると上部を両手で包み込んだ。

それから数秒後にウーンという低いモーター音が三人にまで聴こえてきた。
見ているとその棒はどんどん地中に向かって刺しこまれていく。
おそらく強力な小型モーターかなにかだろう。それによって棒状のものはどんどん押し込まれていく。
そして半分くらいになると、彼らはまた短い棒をつけたし、押し込みを繰り返した。

これをみたダンは衝撃とともにたちまちすべてを理解した。
これなのだ、マシューがぼくたちに伝えたかったのは。
となりをみるとスティーブがゆっくりとダンに顔を向けしゃがれ声でいった。「たいしたもんだよ。これだったら20メートル掘るのも数時間でできちまう。一晩あれば二か所はチェックできるもんな。そして採取できた土に十分な水分があれば、そこに水源のある確率はとても高いってことになる。なんてことだ・・・」
マイクはボーッと双眼鏡に見入ったままだった。

実際かれらディープ・ランダーはその晩のうちに、二か所を同様の手口でチェックし終えた。
一般の人が二人がかりで二年かかる仕事を三人でたったの一晩で片づけてしまったのだ。
そしてダンたちは彼らの行動の一部始終をできるかぎり詳しく記録していった。
マイクがあきれとも感心ともつかない調子でポツリとつぶやいた。「穴を掘るんじゃなくてあんなに細くドリルしてしまうとは・・・そして水源が確認できた箇所だけを機械であっというまに掘ってしまう・・・そりゃはずさないわけだ」
気づけば簡単なことだがまわりが誰もしていないなかで気づくのはどれほど至難なことか・・・そして多くの人がそのことに気づくことなく、途中で挫折し、あるいは本当に息絶えていったのだ。

三人はそのまま丘陵の上で朝を迎えた。
もうディープ・ランダーの姿はどこにもなかった。
どうやら昨夜の作業はただのチェックで終わったらしい。

眠気でアタマは鈍かったけど三人はすがすがしい気持ちだった。
クスクスとスティーブが押し殺したように笑いだした。「これでようやくわかったよ。まったくトニー爺さんとマシューには大感謝だな」
ダン 「ああ、そのとおりだ。トニー爺さんが止めなきゃ、また失敗を繰り返すところだった」
スティーブ 「いまになってすべてがつながったよ。彼らは昼間ぶらつきながらいろんな場所の住民に声をかけ、あることを確認してたんだ」
ダン 「なんだい、それは?」
スティーブ 「カエルやトカゲの目撃情報だよ。ぼくが彼らをずっと監視しつづけてたとき、彼らが声をかけた同じ人に駆け寄って訊いたことあるんだ。彼らが何を質問したかね」
マイク 「それがカエルやトカゲってことか?」
スティーブ 「正確にいうとそこが湿地帯かどうかをそう質問することで確認してたわけだ。だれもカエルやトカゲを見かけない土地ってのは井戸を掘っても外れる可能性がたかいしな」
ダン 「それで大まかに検討をつけ、個別には湿度計などを使いさらに絞り込み、最後は棒を挿し込むってわけか」
スティーブ 「ああ、そうすることでどんどん確率を上げていったんだ」
マイク 「なるほどな・・・」
ダン「ギルドが盟約までして守りたかったのはこうした知恵さ。ほんとトニー爺さんとマシューに感謝だな」
「ああ」

いま、かれらはトニー爺さんが言うように楽観だけではない現実的な知恵がこの世にあることを知っている。
ダン 「頓挫してしまった井戸がなぜほかの井戸と同じような外観だったかもいまだと解る気がするな」
スティーブ 「ああ、彼らは大きな穴をあけるとか、掘った穴をレンガを積んで補強するとか、水を見つけることとは直接関係ないことばかりに時間を費やしすぎたんだ」
マイク 「だから中途半端に投げ出されたヤツもふつうの井戸と変わらない外観をしてたってわけか・・・」
・・・・・・

その日から二年がたった。
三人は今ではそれぞれ自分の井戸をもち、かつ新たな井戸掘りのプロジェクトも共同で手掛けるようになっていた。
今度手掛ける井戸で5本目になる。もちろんすべてハズレなしだ。
そういまや彼ら三人をいちばん警戒しているのはほかならぬディープ・ランダーたちなのだ。

*   *   *

解説
寓話『井戸を掘れ!』1.0はかなりデフォルメした舞台設定のなかでベンチャーを取り巻く矛盾とかジレンマを描きだす目的で創作してみました。いかがでしたか。井戸の代わりに小さな穴を掘る。水源の確認を何事にも優先させる。考えればごくごく自然で合理的なことです。そして、こうした限定された状況設定では時間をかければほとんどの人が気づくことなんですね。けれども実際にベンチャーを手掛けようとするとなかなかこのようには進みません。

資金よりも重要なのはこの水源を見つけることへの理解とそれをできるだけ精確に実現させてくれる人脈力であったりします。

失敗するベンチャーに共通する傾向に次のようなものがあります:

  • アイデアだけでスタートしている。事前に十分なヒヤリングをしていない。
  • 完璧なサービスやモノを作ろうとする。デザインや外観にお金をかけてしまう。
  • 資金をすぐに使い始める。
  • サービスやモノの開発に時間がかかりすぎてしまう。
  • 儲けの仕組みに腐心しすぎている。
  • 一般ユーザー向けなのに合理性を追求しすぎている。


こういったことに集中すると、『井戸を掘れ!』の中に登場してきた未完の掘り穴やカラ井戸ばっかりができてしまいます。
やっかいなのはこういった共通項のほとんどが、周囲の”起業の仕組みをしらない”人々からみると一見”マトモな作業”に映ってしまうことです。
真面目に努力しているのだから大丈夫だろう。当初はそんな期待感で周囲も見つめる。
そのうち資金が枯渇し創業者自身の生活もままならないようになる。そうなると周囲は”やはり起業なんてするもんじゃない”と結論づけるのです。
これらすべては起業の仕組みに対する無知に起因すると言ってもよいでしょう。
そうベンチャーにとって、あるいはすべての事業にとって一番重要なのはそこにニーズがあるか?につきるのです。
水源です。すべてに優先して確認すべき点はこの一点だけと言っても過言ではないでしょう。
しかもそれは、できるだけ最適な母集団にヒヤリングをする、市場のデータを分析する、最低限の機能を備えたプロトタイプを用意するなど、割と少人数の創意工夫と手弁当的なアクションで成し遂げられることが多いのです。にも拘わらず、初心者であればあるほどお金を投入して開発プロジェクトをたちあげてしまい自らカウントダウンをセットしてしまう傾向があります。

この寓話のもう一つの目的は経験値の大切さを強調することでした。
三代以上つづく事業を営んでいる家系にはこういった経験値が文字や口承を通じて次の世代に伝わっていく可能性がたかいんですね。
そこには三代なら三代分の失敗や成功から学んだ経験値が集約されています。
そしてこれは往々にして一人の人間の能力を超えた智慧である可能性が高いのです。
なぜならどんなに優秀な人間でも、一人に許容されている失敗できる時間や資金は限られているのが普通だから。

あなたがもし一般ユーザー向けの商品やサービスを手掛けたいのであれば合理性よりも心理的にインパクトのある内容を考えるべきでしょう。
個人が消費する対象のほとんどが心理的対価である場合が多いのです。なぜ高級車が売れるのか、ブランドバックがうれるのか、占いがはやるのか、考えてみましょう。Facebookやtwitterにどれだけ合理的なニーズがあったのか考えてみましょう。特に理系出身者ほど合理的なサービスやモノを開発することに魅せられる傾向が見受けられますが、合理的な買い物をするのは企業のほうです。個人ではありません。

最後にもう一つ、”儲けを出す仕組み”にだけこだわらない、ということでしょう。幅広く支持を得られるニーズにビジネスモデル(利益を作り出す仕組み、を指す)を組み合わせた成功事例は多くありますが、ビジネスモデルを作り出しておいて大きなニーズを開拓したという事例は少ないのです。Googleの歴史を紐解いてみましょう。くり返しになりますがfacebookやtwitterもそうです。そこまで大成功しないサービスでもそうですが、それを使ってどうお金儲けをするか?ということばかりに腐心していたらああいったサービスは生まれなかったでしょう。創り出すものが大衆のニーズにウケる”粘り”をもっていることのほうがはるかに重要なのです。なにより腐心すべきはそのことなのです。

(了)

Thanks for your proofreading: Toshi. K., Tecchi O., Jim O.

2010年10月29日金曜日

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The Formula ~もしヒット映画を予測できるボットを作っちゃったらどうする?~ (後編)

前編はこちら≫


By Malcolm Gladwell
The New Yorker, October 10, 2006


The Formula 後編

こうした学習を終えたエパゴギクスのフォーミュラは、ようやく新しい脚本の予測に実用されることになった。
例えばブルース・ウィルスとコリン・ファレルを起用して興収7500万ドルの映画をつくりたいとしよう。
その脚本をエパゴギクスのフォーミュラにかけると物語性要素の組み合わせを分析して目標額に届きそうか予測してくれる。もしフォーミュラが5000万ドルと弾き出したら、止めるだけだ。

システムを開発した科学者がフォーミュラを神経ネットワークシステムで使いこなすさまを、ミーニーはこう描写する。「時には数時間かかるんだ。巨大なチャートのような網目の中でいろんな数字が点滅してね。まるでマトリックスの世界だよ。とにかく膨大な計算だ。彼はずっとその様子を見守るんだ。そして点滅が終わったら興収が弾き出されているってワケ」

経験値を駆使している点では神経ネットワークもハリウッドの重役たちも同じだ。
だが、神経ネットワークはたくさんの変数を恣意なく扱うという点においてはるかに優れている。
同じインプットなら神経ネットワークのほうが常により精確な答えを弾き出すことはアリゾナ大学の科学者のドッグレースを使った実験で10年も前に確かめられている。三人の予想屋と神経ネットワークが100レースにそれぞれ2ドルかけた最終結果は、三人はそれぞれ-71.40ドル、‐70.20ドル、-61.20ドルの完敗だったのに対し、神経ネットワークは+124.80ドルだった。グレイハウンドのレースはその時々の競争犬の状態によってさまざまに上下する”レース・グレード”の中で競っている。そのグレードを落とされた直後のグレイハウンドはちょっとだけ有利になり、逆にグレードを上げられた犬は不利になりがちだ。予想屋たちはこうしたレース・グレードの知識がありながらもきちんとした重みづけができなかった。彼らは過去の勝率と着順と記録タイムだけを参考にしていたのだ。

ハリウッドの専門家はあまりにも恣意的で無視してはいけない影響因子を無視してしまうとコパケンたちは言う。「それとちがってぼくたちのフォーミュラは非情なまでに客観的で、ハリウッドスターやエージェントとの人間関係も、組織内の出世競争も、まったく気にしないからね。興収はいくらになるのか?この一点だけが目的のすべてなんだ」

2003年夏。ミーニーの反対を押し切りコパケンはワーナーブラザーズの上級役員に接触を図った。エパゴギクスでは事前に16のTVのパイロット番組をフォーミュラにかけており、コパケンはこれをもとにそれぞれの番組のシーズン中の視聴率を予測させた。2004年一月、実際の結果は、6番組において0.06%の誤差で、そして13番組分までがフォーミュラの予測の2%の誤差に収まっていた。

一方、コパケンたちはハリウッドの別の映画会社にも接触を図る。今度は9本の企画中の脚本を予測させてもらえる機会を得た。そのうち、3本について予測は外れたが、残りの6本についてはその興収が採算ラインを上回るか否かを命中させた。その中の1本は映画会社が1億ドルの興収を期待している脚本だったが、エパゴギクスのフォーミュラはその興収を4900万ドルと予測した。実際の興収は4000万ドルに届かなかった。もう一つの大型予算の映画についても実際の興収額から120万ドル程度の誤差で予測を命中させ、そのほかの当てた予測についても数百万ドルの誤差に収めることに成功した。もしこの映画会社がエパゴギクスの予測にもとづいて撮影を調整していたら、何千万ドルもの損失を防ぐことができたはずだった。
もちろんうまくいった例だけではなかった。別の映画会社ではバカにされ取り合ってもらえなかったこともある。

そんな中、エパゴギクスは2005年公開された『ザ・インタープリター』を検証する機会を得られた。この脚本はもともと複雑な構成の上に、何度も修正を重ねてさらに込み入っており、ミステリーと伏線は十分ではなく、エンディングに関してはまさに暗中模索の状態で撮影を敢行した映画だった。エパゴギクスへの依頼内容は、どう改善していればこの映画は商業的にもっと成功できたのか?を検証によって明らかにすることだった。

Mr.ピンクとブラウンそれぞれがオリジナルの脚本と実際に撮影で使われた台本を読み、各自の採点を持ち寄ってそれぞれ一つずつの採点にまとめ、それらがフォーミュラに掛けられた。この時、エパゴギクスが手を加えたいくつかのシナリオパターンもフォーミュラによる”予測”を受けることになった。

Mr.ピンクは言う。「オリジナル脚本?複雑すぎる。何度も読み返さないといけなかった。一時間以上もかかるものになるとあきらかに関心は薄れてしまう。いわゆるマイナー受けするってやつだね」

フォーミュラが出したオリジナル脚本の予測価額は3300万ドルだった。そして台本版が6900万ドル。これは実際の興収額と400万ドルしかずれていなかった。
Mr.ブラウンは言う。「台本版のほうがアメリカン映画って感じになっていたな。オリジナルはどこかヨーロピアンという趣だった」

エパゴギクス関係者は一致して、監督ポラックはもっとうまく撮影できたはずだと結論づけた。国連という舞台設定もいまいちだったし、だいいちストーリーの起点になる”イベント”がなかった。場所は成否を左右する重要な要素なのだ。
Mr.ピンクは続ける。「舞台設定はとても重要だ。都市と田舎では大きな違いがある。観客がのめりこんでくれるようなインパクトを舞台設定は担っているんだ。それなのにこの脚本ではそれがいかされてない。我々のフォーミュラでは場所によってスコアが変わってくるんだよ・・・始まりがアフリカ・・・しかも実在しないあるアフリカの国というのはまずかった。観客はせっかちだからね、始まりがこれじゃあ期待外れにおもっただろうね」

この脚本にたいしてエパゴギクスが指摘した改善点はいずれも”小さな”ものだった。主役はもっと早く物語を展開すべきだった。若い観客が共感できるように、主役にはちょっと個性的な若い仲間が一人必要だった。そして舞台はもっと現実的なものに映るよう工夫されるべきだった。

フォーミュラは人物描写が改善されることの価値を246万ドルとし、舞台調整の価値を492万ドル、若い相棒役の価値を1230万ドル―などと見積もった。こうした改善点の価値を合計すると、2460万ドルにもなった。数週間費やし脚本を書き直して、一日か二日撮影を延ばすだけで、この映画の興収はあと2500万ドルも増やすことができたのである。そしてエパゴギクスがシナリオを最初から作り直していたとしたら・・・フォーミュラが弾き出した予測価額は実に1億1100万ドルにもなっていた。

エパゴギクスの連中がいま考えること。それは”もしこれらの改善点がすべてもりこまれた映画としてリメイクするとどうなるのか?”だ。
Mr.ピンクは言う。「映画ボディガードのようにもっとロマンチックにして、もっと二人の主役を引き立てて、政治的な背景とかはできるだけ抑えたとしたら・・・きっとみんなが夢中になる映画ができあがるよ。それよりいいのって?最近の映画で一番最高位にいるのはおそらくタイタニックだろうね。タイタニックの6億ドルは無理だよ。でも2億ドルはいけるんじゃないかな」

エパゴギクスの人工神経ネットワークは新たな領域を確立し、新たな市場を創り出し、そしてひとつの答えを導くことに成功した・・・”どうやったら興収は増やせるのか?” 
しかしどうだろう?我々を先読みして作られた映画によって得られる満足は、いずれまた別の満たされないものを生み出すことになるのではないか?

プラティナム・ブルーのマイク・マックグリーディ―は、その歌曲の問題点は低音にあることを指摘してくれる。だけどどうやってそれを改善するかまでは教えてくれない。そして調整を加えたものがヒットソングのように響くかどうかも保証しない。それがわかれば彼自身でヒット曲を作っているだろう。

Mr.ブラウンは最後に言った。「大きな予算はいらないよ。もとの脚本に手を加えて強いストーリーに変えて、エンディングはより印象的にして、大々的な宣伝はしない。低予算映画さ。口コミでひろがっていくみたいなね」
6900万ドルの映画を1億1000万ドルに変えるツールを手にした彼の表情は、それをさらに1億5000~2億ドルのものに変えることも可能だという自信にあふれていた。
でも頑固さものこる彼のことだ、それが”The Interpreter”ってわかる程度の名残は残してくれるかもしれない。フォーミュラを操る”科学者”は反対するだろうけど。

(終了)

※原文では映画一つ一つの内容まで掘り下げたかなり詳しい描写もあるのですが、この抄訳ではあくまでもエパゴギクスの技術的な背景と、ビジネスとして発展していく経緯を軸にまとめています。雰囲気を堪能されたい方には、原文のご一読を薦めます。

2010年10月27日水曜日

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The Formula ~もしヒット映画を予測できるボットを作っちゃったらどうする?~ (前編)

一度読むとまさに粘りつくように記憶に残るエピソードがある。アタマの中にはそんなのがいくつも転がっていると、時には目から入ってくる情報とおもしろい邂逅をみせてくれる。

『その数学が戦略を決める (文春文庫)』(イアン・エアーズ 著 |山形 浩生・訳|2007)という本がある。
ぼくが気になっていたエピソードはその著書の中にでてくる「6.6 大コケ映画を探せ」という一章だった。これがここ数年ずっと頭のどこかに転がっていた。

簡単にいうと、映画の興収が巨額になるか、鳴かず飛ばずでおわるかを決定づけるのは、役者や監督あるいは宣伝費の大小なんかではない、シナリオの出来しだいなのだ。しかもそれは事前に数式でもって精度高く予測することが可能だ、というもの。

実はエアーズがこの題材に気づいたのが、マルコム・グラッドウェルが2006年にニューヨーカーに書いた記事「The Formula」だったのである。そう、抄訳として投稿したグラッドウェルの記事を彼のブログにみつけたとき、あとで目を通そうとマーキングしていたひとつがこの「The Formula」だった。

読み進めた途端に『その数学・・・』を憶いだし、あらためて読み返してみると、エアーズはグラッドウェルのことについてちゃんと触れていた。数年前にぼくがグラッドウェルを知らなかっただけだったのだ。まさに”知の発掘人”とでもいおうか・・・彼の広範な足跡をあらためて思い知らされた気がした。

『その数学・・・』には数式というのがニューラル予測にもとづくとされているだけで、開発の詳しい経緯が載っていない。ずっと知りたかったのは、どうやってそれが開発されたのか、だった。そして「The Formula」を読み進めると、やはりグラッドウェル。そこはきちんと網羅してた。これはベンチャーを考える意味でも示唆に富んでいる経緯だとおもう。なので忘れないようにその要約を残したいとおもう。

*   *   *

The Formula --What if you built a machine to predict hit movies?--
By Malcolm Gladwell
The New Yorker, October 10, 2006

ザ・フォーミュラ ~もしヒット映画を予測できるボットを作っちゃったらどうする?~
マルコム・グラッドウェル
雑誌”ニューヨーカ―” 2006年10月10日号掲載より抜粋して抄訳。

ワシントンDCの大手弁護士事務所の弁護士ディック・コパケンの映画狂いといえば度を超してた。なんせケープ・コッドで二週間すごした休暇で彼は14夜連続で映画を見に行った。そしてもどってくると熱い口調で映画の解析を始めるのだった。コパケンは週あたり2~3本のペースで映画を鑑賞するということを、50年間やりとおした。それだけじゃない。何百もの映画のシナリオや、人物、印象的な場面といったディテールを記録していた。

取材の間、コパケンはぼくに映画『Dearフランキー』を観て、いかに感動したかを回想しているうちに感極まって泣き始めてしまった。彼は、子供のことを最優先する両親のもとに育った。そのためか、コパケンの子煩悩ぶりはひとかたならず、冷戦の最中、ミサイル配置をめぐってマーシャル諸島で米国政府とともに着いてた交渉の席を、娘が主人公を務める学芸会に間に合わせるため中座し、交渉を中断させたエピソードも残っている。そうした子煩悩ぶりが、Dear Frankieの主人公の少年の不遇といじらしさにより敏感に”感応”するがゆえに泣いてしまうんだ、とコパケンは言う。
はたして本当にそうなのか?
甲斐性のない父親と不遇の中に育つ子供なんてシナリオはハリウッド映画にはありふれている。コパケンほどの映画好きでもうまく説明できない”なにか繊細な組み合わせ”が彼をここまで感動させているのだ。でもそれを”解明”することなんてできる芸当なのだろうか?

『レイダース・失われたアーク』の企画がでまわったとき、ハリウッドで製作してもかまわないと手をあげたのはパラマウントだけだった。最大手のユニバーサルは関心を示さなかった。なぜか?
ハリウッドを代表する脚本家は言う。「どの映画がなぜウケるのかなんてハリウッドの誰もほんとうはわかっちゃいないんだ」

ミュージックの世界も似たり寄ったりだった。業界のエキスパートが”売れる”と予想したミュージックが本当にヒットした確率は20パーセントを下回っていた。
テクノロジー・ベンチャーのプラティナム・ブルー(Platinum Blue)はこうした状況を改善できると考えた。彼らは”スペクトル解析ソフトウェア(spectral deconvolution software)”なるプログラムを開発して歌曲を構成するメロディ、ハーモニー、ビート、テンポ、リズム、音階、スピード、コード進行、終止パターン、音律調整、周波数といった要素を数値化していった。結果、彼らはヒットソングにみられる”パターン”を検出することに成功し、80%の精度でヒット度を予測できるとの確信に至る。このプラティナム・ブルーがやってのけたことこそ、コパケンが映画ビジネスでやってみたいことそのものだった。

マンハッタンを見下ろすプラティナム・ブルーのオフィスを訪ねると、同社を率いるマックグリーディが迎えてくれる。彼が指差すパソコンのモニターには何千もの点が分布していた。一つ一つがミュージックソングを現すのだという。ボタン一つで過去5年間の間にビルボード30位以内に入ったミュージックソングの分布だけを残すこともできる。すると、これまで偏りなく分布していた母集団はわずか60の偏った点に絞られてしまった。つまり過去5年間にヒットした歌曲はこのわずかなパターンから発生していたのだ。
マックは言う。「レーベルが発売を予定しているニューアルバムがあると、ぼくたちは全曲を解析にかけ、このヒット・パターンとどれだけマッチするのかを報告するんだ。ヒット・パターンに残るのが必ずヒットするってわけじゃない。ヒット・パターンから漏れている曲はどんなにすばらしく聴こえてもヒットにはならないってことを事前に把握することができるんだ」

4年前、マックがバルセロナにあるレーベルから依頼をうけて発売直後の30アルバムを解析したところ、ひとつのアルバムがきわだったスコアを示した。収録されている14曲のうち9曲がヒットパターンにはまっていた。それはノラ・ジョーンズという無名のアーティストのものだった。当時マックたちの試みに関心を持った地方紙の取材に対し、彼は「次にヒットするのはノラ・ジョーンズだ」と答えている。事実、彼女のそのアルバム『Come Away With Me』は2000万枚売れ、グラミー賞の8部門を獲得する大ヒットとなった。

こうしてマックたちプラティナム・ブルーはつぎつぎとヒットソングを”事前”に発掘していく。
マックは言う。「新曲を編集するプロデューサーにはね、この要素がヒットパターンにはまってて、この要素が足を引っ張っているって教えるんだ。たとえば低音部分がとかね。すると、かれらはそこをいじってまた持ち帰ってくる。改善しているんだったら僕らはこういうんだ。その編集した調子でもうちょっといじってよ、ってね」

「ベートーヴェンもモーツァルトも数値パターンはこのヒットパターンに合致するんだ。つまりぼくたちにとってすばらしい音色は300年前の彼らにとっても素晴らしいモノなんだ。ただ現代はそれを全然違うスタイルで楽しんでいるだけ。ぼくたちを満たしてくれる、その中核にあるものはかわってないんだよ。」

ある種特殊なタイプの者たちは、世界を”紐解くことができるコード”と捉える。
彼らは現象が示すパターンやルールに魅せられ、個人や組織といった枠にとらわれず、専門領域や序列といった類のものにもひるまない。どんな世界も内側の人間が強みをもつなんて思ってもいなくて、下町の屋根裏部屋からこっそり開始して、またたくまに例えばミュージック業界全体に影響を与えるようになる。
コパケンもそんなタイプの人間だった。

コパケンは述懐する。「高校二年の時だったかな、トイレで手を洗ってたら泡の動くパターンに魅せられちゃったんだよ。じぃーっと見入っていると父親がきて、何してるのか?ってきかれたから、泡だよ、泡の動きをみてるんだよって言ったんだ。そしたら父は、どうせヒマをつぶすんだったらもっと価値のあることをしなさい、だってさ。それでじゃあやってやろうとおもって、その夏、ぼくは数マイル離れたカンザス・シティの図書館に自転車で通い詰めて、毎日、泡に関する書物や記事を読み漁ったんだ」

泡のうごきはまったくデタラメに見えるのだが、コパケンはそうは思わなかった。
学校に頼みこみ、おおきな水槽にエアレーター(通気装置)をとりつけて、泡発生システムを作り、数学の先生に二次方程式を教えてもらい、泡がどうやってできるか実験を繰り返したと言う。その結果、彼はその年の国際科学フェアーで銅メダルを手にした。彼の泡に抱いた関心はホンモノだった。
彼を魅了したのは、”ある現象があるとしたらそれは紐解くことができるものなのか?”という考え方だった。

それからぐ~んと進んで2003年のこと。

コパケンの友人にミーニーなるものがいる。ミーニーはリスク管理を専門としており、その原則を映画ビジネスに応用できないものかと考えているような人物だった。
コパケンがそのミーニーとダーラムに向けてイギリスの田舎をドライブしているとき、ミーニーの大学時代のある友人に話題が及んだ。学生の時、”作品批評論”なるもの学んだ彼はもう一人の仲間と、映像作品がもつ商業的可能性について思索を重ね、ついには脚本そのものを要素単位で分解し、それをさらに大まかなテーマ別に振り分けた映像の百科事典的データベースをつくりあげてしまったのだという。それを使うと脚本一つ一つを採点することができ、しかもそれが実に細かいというのだ。そしてそのデータベースなるものはアップデートされつづけているという。コパケンとミーニーは映画「レザボア・ドッグス」に敬意を表し、その作品批評家ふたりをそれぞれMr. ピンク、Mr.ブラウンと呼ぶことにしたという。

Mr.ピンクとMr.ブラウンは映像作品に特徴的な要素をあらいざらい抽出して、それを成功した映像とそうでない映像にひもづけていくことまではやっていたが、そんな彼らでもどの要素がなぜ影響をあたえたのかを説明する理論に関してはまったく考えてなかった。彼らはただ”何がよかったのか”だけを整理していったのだ。

コパケンとミーニーの二人はコンピュータを使った人工の神経ネットワークが膨大なデータの中からパターンを発掘するそのパワーに魅了されていた。彼らがこの技術とMr.ピンク&ブラウンのデータベースを組み合わせることを発想するのに時間はかからなかった。このデータベースのカテゴリーにもとづき、彼らは映画の脚本を数学の命題として扱ってみることにした。そうプラティナム・ブルーが音楽にたいしてそうしたように。

こうしてコパケンとミーニーが中心となり、Mr.ピンク&ブラウンが契約に応じることでエパゴギクス(Epagogix: 帰納的学習をすこしもじった命名)は誕生した。彼らはまず”トレーニング・セット”と呼ぶ神経ネットワークシステムを用意し、Mr.ピンク&ブラウンがすでに採点してある脚本にもとづいて、評価パターンを認識させた。その時、脚本のパターンだけでなく脚本それぞれの興収成績も一緒にネットワークに学習させていった。この神経ネットワークはミーニーの知り合いの科学者がコーディングしたものだった。科学者の活躍は続く。彼はそれからMr.ピンク&ブラウンの採点結果データを使って、神経ネットワークシステムにすべての脚本の興収成績を予測させる訓練を施した。

例えば最初の脚本では

  • ヒーローの葛藤:10ポイント中7.0 ∴700万ドル相当を加算
  • 赤毛の魅力的な女の子の登場:10ポイント中6.5 ∴300万ドル相当を加算
  • ヒーローと4歳の男の子が共演するシーン:10ポイント中9.0 ∴200万ドル相当を加算

という具合に、Mr.ピンク&ブラウンが付けた採点すべてに値付けがされていった。

そして最終的に算出された予測価額は実際の興収と比較された。もちろん最初からぴしゃりと一致などするわけない。たとえば予測価額が2000万ドルで実際の興収が1億1000万ドルなら、今度はそれぞれの採点への重みづけを変えて再計算する・・・これを繰り返して最初の作品を的確に予測できるフォーミュラができあがる。

次にこのフォーミュラを使って、最初の作品と二番目の作品の二つの興収を的確に算出できるようフォーミュラを改良する・・・こうして膨大な反復作業の末、データベースに収納されている全作品の興収すべてを的確に算出できる最終的なフォーミュラができあがったのだった。

後編はこちら≫

2010年10月23日土曜日

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The Sure Thing ~確実なモノ~ マルコム・グラッドウェル

「ほんとうにそうかな?もう一度じっくり考えてごらん。・・・・・・ほら、ここはこういうふうになっているんだよ」小学校の先生のような雰囲気で高度なテーマを解剖してしまう・・・

マルコム・グラッドウェルには”教師”というのがピッタリの表現だとつくづく思います。成功者はなぜ成功したのか?ずっと長い間ぼくはこれを試行の頻度の問題だと思っていました。つまり何回に一回うまくいくという確率の世界だと思っていたんです。今回の抄訳”The Sure Thing~How entrepreneurs really succeed.~(確実なこと:起業家たちが成功した本当の理由)"はまさに目からウロコの一編です。おたのしみください。(翻訳権を侵害する可能性があるため完全翻訳ではありません。抄訳です。要点はほぼ網羅しています)

Annals of Business
THE SURE THING --How entrepreneurs really succeed.--
By Malcolm Gladwell
The New Yorker, January 18, 2010

抄訳
ビジネス史
『確実なこと』~起業家たちが成功した本当の理由~
マルコム・グラッドウェル
雑誌”ニューヨーカ―” 2010年1月18日号掲載         

1969年、テッド・ターナー(Ted Turner)が"WJRJ Channel17"というテレビ局を買収しようとしたとき、彼の周囲は大反対した。その当時、彼は広告看板ビジネスを家業を引き継いでいてその事業はうまくいっていた。テレビ局を買収してもその運営に失敗すれば本業も破たんを招きかねなかった。チャンネル17は受信するにはUHFアンテナを買う必要があり、これといったおもしろい番組もなく、会社は毎年50万ドルも赤字を垂れ流している状態だった。しかしターナーは反対を押しきった。

ターナーが引き継いだ家業の広告会社は屋外設置型の広告看板ビジネスで、1960~70代は南部でも最大のシェアを保有していた。

――チャンネル17なんていまは誰も知らない。俺の看板は広告時間の15%が空いてる状態だ。そこでチャンネル17を広告すればいい。 

買収にあたりターナーはそう目論んだ。

当時のローカル局は全国をネットワークする大型の放送局から提供をうけた過去の番組を再放送しているような状態で、ローカル局が独自の放送をしようとおもっても許されない雰囲気だった。ターナーは交渉でこの事態を打開できるのではと考えた。そして実際にニューヨークにある全国ネットの放送局を口説き、チャンネル17ではNBCの四番組を”昼間の時間帯”に放送できることになった。そしてその事実をターナーは彼の看板でこう宣伝した。

”NBC系列はチャンネル17に引っ越しました!”

チャンネル17の買収額は250万ドルで、当時の一般的な放送局の買収額はその何倍もした。彼はその代金を自分の会社の持ち株で支払うことでキャッシュを使うことなく手にすることができた。買収から二年もしないうちに、チャンネル17は利益を出すようになり、1973年には100万ドルの黒字を叩き出すようになっていた。

帝国を創りあげた起業家のパターンを分析しそのパターンをまとめて本にしたビレットとビュラモーは言う。
「起業家はある業界をつぶさに観察して、そこに”構造的な欠落”ともいえる満たされていないニッチを見つけるんです。彼らは人の価値基準のギャップをうまく利用します。安く手放しても構わないという所有者の価値基準を見抜き、安く仕入れ、高くても買いたいという人の価値基準を見抜き高く売り抜けるのです。そしてチャンスがある限りそれを繰り返す。それに時間のほとんどを注ぎ込むことで結果的に失敗する確率は大きく減ることになるんです」

フィアットの創業者は投資家のお金をかりて起業し、軌道に載るとその投資家を追い出した。
Bernard Arnaultは彼の自己資金4,000万フランでBossac(ブサック:フランスとイタリアで展開するカーテンや生地のメーカー)を購入し、その金額がちっぽけに見えるくらいの巨額ですぐに転売した。フランスの企業家Vincent Bolloreは、一族が経営する当時は斜陽になっていたBolloreの実権を他人の資金を使ってタダ同然で手に入れた。コダックの創業者は初期の資金リスクを彼の一族と富裕な友人に負担させることに成功した。
IKEA(イキア)の創業者は共産国家だったポーランドで家具を製造させることでスウェーデンで製造するのに比べ製造コストを半減させることができた。

フランスの航空エンジニアだったMarcel Dassaultはフランス国軍を研究し、プロペラの価値が上昇する可能性に気づき、プロペラ製造会社を手に入れた。軍から製造を依頼されたとき、彼はその発注をすべて前金でうけることになった。

彼らの洞察と決断の経緯をみていくと、”リスクを冒していない”ことわかる。一般的なイメージをことなり彼らは実はリスクをとっていないのだ。

ウォール街で当代随一の成功者をあげるとしたら、まちがいなくジョン・ポールソンだろう。Marty Grussの手法を信奉する彼は、リスクを限定的にし莫大な利益を得られる手法を研究した。Marty Grussから彼が学んだ格言がある。

――つねに下落するものに注意を払え。値上がりしていくものはどうにでもなる。

ポールソンの口癖は「そのトレードで損をしたら幾らになるんだ?」だった。
2004~2005年ころ、彼は不動産市場の過熱ぶりを疑い始める。そしてCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という手法を使って債券市場で不動産市場関連の債権を空売りする作戦に打って出た。CDSは債権にかける保険のようなものだ。債権保有者は他者にたいし保険のゲームを仕掛けることができる。

例えば仮に私が十件分の住宅ローンの債権をもっているとしよう。その価値は総額で100万ドルだ。そしてこの100万ドルの債権に対し10万ドルで保険を掛けませんか?とアナタに持ちかける。私は保有する債権に対し、万が一全員が支払不履行に陥った場合、アナタに70万ドル支払うと約束するとしよう。家の所有者全員がローンを滞納なく支払って一年が過ぎれば、10万ドルは掛け捨てとなり、債権所有者である私が掛け金を取る。そして・・・もし全員に滞納が発生すればアナタは70万ドルを手にすることができるのだ。(訳注:イタリック部分は、わかりやすくするため訳者が挿入した文です)

不動産市場の安定ぶりを過信した金融機関は小銭稼ぎとばかりにこのCDS契約を売りまくっており、ポールソンはそれを買い漁った。資金がつきたら大口の出資を募って借りてひたすら買い続けた。・・・・・・そして不動産市場がクラッシュし始めたとき、彼は実に250億ドル(2兆5,000億円)もの債権額に対してCDS契約を保持していたのである。

このやり方はネガティブ・キャリーと呼ばれ、早期に契約対象となる信用リスクが発生しない場合、破壊的な出費を強いることになる。このため、機関投資家が忌避する手法なのだ。
市場にバブルを見出しただけではこの手法は成功しない。バブルがいつ弾けるのかに対する精確な洞察が要求されるのだ。”こいつイカレてるよ” ポールソンからのCDS保険への大量の買い注文を見たモルガンスタンレーのトレーダーは嘲笑したとされる。

ポールソンはイカレてなかった。彼の堅固な判断は精確な市場分析に基づいていたのだ。米国の住宅価格は1975~2000年で毎年1.4%の成長率を示してきたのに対し、2001~2005年の五年間は毎年7%ずつ膨らんでいたのだ。2000年以前の成長率を延長させたものを基準ラインとすると、当時の価格はそれより実に40%も高かったのである。ポールソンはバブルを確信した。

次にポールソンを悩ませたのは、不動産市場のボラティリティにどの程度弾性があるか?という問題だった。(訳注:少し落ちては持ち直すといったことが繰り返されればバブルにはならないから)ポールソンは彼のスタッフに徹底的に過去データを掘り起こすように指示した。彼らはじつに600万件に及ぶ住宅ローン債権の過去データを購入し、過去のさまざまなる局面での市場のボラティリティのつぶさに解析していったのだ。こうやって彼らは結論に至る。

対数関数とロジステック関数を用いて彼らが導き出した結論は、成長率が止まった状態になっただけでもローン債務者は返済に耐えることができず、債券価格は7%下落し、住宅価格は5%下落する。そして住宅価格の下落スパイラルが起こるとすればそれは実に17%もの暴落につながり得ると予測は示唆していた。

当時、ほとんどの金融機関が、住宅の価格下落は失業率とか金利といった経済のファンダメンタルな要因が引き起こすものと考えていた。だから彼らは喜んでCDS契約を売りまくったのだ。しかしポールソンのスタッフがデータから弾き出した結論は、市場のバブルを牽引しているのは上昇する住宅価格自身であることを示していた。バブルは寸前まで迫っていたのだ。

次にポールソンはCDS契約の保険料が妥当なものか考察した。場合によってそれは高くつくからだ。例えば最近おこったGMの倒産に対して売られてたCDS契約の価格は100万ドルの債権に対し80万ドルとかなり高額だった。住宅債権市場で売られているCDS契約の価格を調べたポールソンらは唖然とする。そこでは100万ドルの債権額に対しCDS契約の保険料はたったの1万ドルだったのである。これだけの材料があればポールソンに大型のバブル崩壊はもはや必要なかった。もっともリスクの高い一部のローン債務者が不履行におちいるだけで利益が発生する状態だったのだ。2006年、彼は出資を募り10億ドルを集めた。そしてその中から1.2億ドルを使って、120億ドル分の債権額に対するCDS契約(一年有効)を買うことができた。でもこれだと集めた10億ドルに対し12%もの持ち出しになってしまう。

CDS契約の支払は分割のため、ポールソンたちが集めた資金は満期までの間、銀行口座に寝かせることができた。つまりその分に対し銀行の金利5%を得ることができたため、彼らのCDS契約にかかる実質的なコストはこれにより12%から7%に減らすことができ、ポールソンの手数料1%を載せても8%で済ませることができた。つまり最悪損をするとしても出資者が蒙る実損の上限は8%に限定されていたのである。(訳注:つまり-8%~120%の金融商品を投資家に販売したことになる。このモデルの賢いところは仮に2006年に不動産市場がクラッシュしなくても、低コストのため、翌年でも翌々年でもこのポジションを続けることが可能だった点だ)

住宅ローン債権の健全性を示す指標とされるABX指数が5%下落したとき、ポールソンはその朝だけで12.5億ドルを稼いだ。
2007年だけで150億ドルの儲けがあり、そのうち40億ドル(4,000億円)がポールソン自身の取り分だった。
2008年には5億ドルの売り上げになった。
かつてこの短期間でそれだけ稼いだ人がいただろうか?

プレデター・モデル(”捕食者”と表現されるほど大儲けするやり方)とまで言われる起業家

ポールソンの成功は我々に成功すために必要な気質を教えてくれる。それは勇気だ。しかしそれ以上に彼らに共通するのは一様に分析家であるということである。彼らはある”確実なモノ”を掴むことにかけて群を抜いている。そしてポールソンも自らと価値基準の異なる相手をみつけて取引した。驚いたことにポールソンは取引相手をみつけるだけでなく作り出すことさえした。彼は投資銀行に危険な債務だけで構成したハイリスクなサブプライム債権を開発させ、それを機関投資家に売りつけさせておいてその逆側に賭けることさえした。

前述のターナーも似たようなことをしている。1976年に彼は球団アトランタ・ブレーブスを買収した。
チャンネル17はその四年前にアトランタブレーブスの放映権を買っていて、試合を放送していたのだ。これにより試合をテレビ観戦したいブレーブスファンは否が応でもUHFアンテナを購入させられるハメになった。ターナーの慧眼は、ESPNやルパード・マードック依然にスポーツの中継が放送局のブランド強化につながることを見抜いてた。しかし球団は毎年100万ドルの赤字を垂れ流しており、球団オーナーは1,000万ドルでの売却にこだわった。

ターナーは策を講じる。
まず交渉して支払を100万ドルの前金と八年の分割払いにすることに成功した。さらに会社の財務諸表をつぶさに調べさせたターナーは、そこに当時のオーナーが見落としていた100万ドルがあることを発見したのだ。結局かれは自らの資金を使うことなく球団の買収に成功した。買収前、チャンネル17はアトランタブレーブスの試合60ゲームを放映するために年間60万ドル支払っていた。彼はこの取引で向こう8年間、60万ドルの追加出費をするだけで、全160ゲームを放映できることになり・・・そして球団も手に入れるたのだった。

ターナーはこれでもリスク好きなのだろうか?実際彼の経歴をおっていくと、彼がリスクを忌避してきたことがわかる。こういうエピソードがある。ターナーがビジネスに乗り出したころ、彼の父エドはジェネラル・アウトドア社という同業企業を買収した。ターナーの読みでは買収自体は問題はないはずだった。
ターナーが常に時間をたっぷりかけて、最後まで避けれないものかと考えることがある。それは自分のお金を持ち出すことだ。エドはこの買収でそれをしてしまった。
もし不測の事態が生じれば、それは一族の広告事業全体を破壊しかねなかった。
買収から六か月でターナーの体重は180ポンド(80キロ)から130ポンド(59キロ)に激減した。ターナーはこう振り返る。「胃潰瘍寸前の状態になり、コーヒーを飲むことを医者に禁じられ、疲れやすく、まぶたはいつもピクピクして私をいらだたせた」

ポールソンの成功を本にしたザッカーマンが調べたところ、サブプライムで儲けを出した人たちに共通のパターンが見られたという。
彼らはみな、用意周到に調べつくしており、確信のもとに決断をくだし、そして徹底的に儲けた。市場の”異常状態”を衝くことによって・・・。
彼らはリスクを志向したのではない。徹底的に調べつくすことで”確実なモノ”を見出していったのだ。

企業はCEOが果敢にリスクに立ち向かうよう促すため寛大なストックオプションを与えている。エージェンシー理論(経営者は株主よりも経営者個人の利害を優先する可能性があるのでインセンティブを与えてそれを回避させようとする理論)がいうところのインセンティブに相当する。会社はなぜ株ではなくストックオプションを与えるのか?そうすることで保守的になった経営者が起業家のようにリスクに立ち向かってくれると考えるからだ。

その効果は経営者をリスク・テイカーにしてしまうようだ。
2006年末、メリルリンチは13億ドルでサブプライムローン貸金業最大手のファースト・フランクリン・フィナンシャル社を買収した。これでメリルリンチの帳簿上のサブプライムローン債権の金額は110億ドルに膨れ上がった。ポールソンでさえ、CDS契約への投資は危険と考えており、彼のスタッフが数か月もかけて分析をおこなうまでは慎重に静観していたのだ。メリルリンチお抱えの経済学者が”最大5%まで住宅価格はおちる可能性が高い”と予測していたにもかかわらず、同社はファースト社の買収を強行してしまった。

経済学者のスコット・シェーンはその著書”The Illusion of Entrepreneurship (起業家の虚像)”の中で、このように指摘している。

――確かに多くの起業家がリスクをとるが、そんなタイプは大体が失敗してしまう。成功している人たちとは違うタイプだ。

失敗した事例は新規事業を成功させるためのありとあらゆる原則を犯している。
例えば、新しい事業が成功するかどうかは資本金のサイズとあきらかに相関している。それなのに失敗した起業家たちは資金不足な状況に身をおくことを厭わなかった。データによるとバランスのとれた配分になっている株式会社が一番だ。なのに失敗した起業家たちは自らが独占的に支配できるような形態にしてしまう。事業計画書は必須だ。なのに彼らはそれすらやっていない。すでに軌道にのっている企業を買うほうが常にベストの選択だ。なのに彼らはすべてを一から創りあげようとする。急成長を遂げているベンチャーの90%がBtoB取引(対企業間取引)でうまくいっている。なのに失敗した起業家たちは一般消費者にモノを売りつけようとする。漏れている客層は考えずに同業他社がすでに抱えている客層を奪おうとする。マーケティングを軽視し、資金コントロールを重視しない。値下げで勝負しようとする。
もちろん避けられないリスクもある。だが起業家が直面するリスクのほとんどは知識不足か洞察に欠けるがゆえに発生するものだ。

シェーンの解説はハーバード大学の心理学者デイビッド・マクラレンド(DavidMcClelland's)がおこなった有名な実験を思い出させる。実験は幼稚園児たちに輪投げをさせて高得点者とそうでない者との行動の違いを観察することだった。スコアが低かった子供は必要上に遠くから輪投げをするもので、そうすることで”遠くから投げるのだから失敗しても当然”という言い訳で自らの能力への正当な評価を防御しようとしたのである。

さきほどのCEOとストックオプションの話にも通じるものがある。
シティグループが危ぶまれる投資を次々とおこなっていた当時CEOだったチャールズ・プリンスは「曲が続く限り、立ち上がって踊りつづけないといけなんだ」と吐いて非難を浴びた。彼は会社の中で自身の評価を下げることより、会社を危機に晒すことを選択してしまったのだ。

プレデター・モデルの起業家たちは違う。彼らは確実なことを追及してきた者として名声を得ることに喜びを感じるタイプだ。
IKEAの創業者がポーランドで家具を作らせた当時は冷戦の真っただ中で共産主義者と取引をすることは正当とは考えられてなかった。サム・ウォールトンがアーカンソー州ニューポートで最初の小売店を開業させた時、彼はその資金を妻の親族から調達した。銀行から借りるよりリスクが少なかったからだ。彼は事情によってニューポートから締め出されており、妻の家族を頼って舞い戻るしかなかった。当然、軌道に載るまでのあいだ親族間でも重苦しい空気がながれたに違いない。ドイツ銀行のリップマンは「住宅ローン市場のバブルは崩壊する」と主張したことで嘲笑的な誹謗に耐えなければいけなかった。

プレデターたちはどうしてこういった自虐的な環境でも耐え抜くことができるのか?それはおそらく自らが手掛けることに十分な見通しと確信を抱いているからに違いない。あるいは自ら手掛けていることに没頭しててそういった状況でも気にならないのか・・・。
愚直なまでに”確実なモノ”を合理的に追求する者たちに共通する兆候なのかもしれない。

家族であった時に気まずい思いをすることで、より安全な資金調達を選択できるのであれば、そうすればいいだけだ。ウォルトンはそう考えたはずだ。個人的に嫌なことを甘んじて受けることで、会社にとって嫌なことを避けたのだ。

ポールソンはCDS保険に投資をする前にすでに成功していた。なのになぜチャレンジしたがるのか?彼の真の動機は”込み入った複雑な問題を解決したい”といった類のものなのだ。彼はそうすることを楽しんでいるのだ。

自らのために尽くすことに無上の喜びをかんじること・・・これは多くの成功者にみられる疑いのない共通項のひとつなのである。



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この三つを選択させる実験を起業家とそうでない人を混ぜた母集団でおこなったところ、全体に比べ、起業家は三番目の選択をする傾向があることが分かった。彼らは”確実になること”が増える方を選択するのだ。彼らは超合理主義者なのである。だが一方で、心の奥底では自らが仕事の中で見つける”発見”に魅せられ続けるロマンティストでもあるのだ。

ターナーが24歳の時、彼の父が自殺をした。
その前日に、一族の会社の顔ともいうべきジェネラル・アウトドア社の看板をボブ・ネーゲルという男に売り渡していたのだ。ターナーは悲しみのなかで復讐にでる。
彼はアウトドア社のリース部門の人材を全員引き抜き、今までアウトドア社の看板を設置していた不動産の所有者に自社の看板を設置してもらえるよう動き始めた。一方、パーム・スプリングに飛びネーゲルとも対峙し、アウトドア社の買い戻しを打診している。ターナーが夢描いていることを手掛けるには金を生む出し続ける看板ビジネスがどうしても必要だったのだ。ネーゲルは20万ドルを要求したが、ターナーにはそのお金がなかった。だがネーゲルのような高額所得者に分割払いなどアピールしない。そこでターナーはターナー・アドバタイズメント社の自社株で支払うことを打診し、交渉は成立した。
「これまでのところうまくいってるよ」ターナーは自伝にそう書いている。
「ネーゲルの手から会社を取り戻すことができたし、一ドルも現金を使う必要がなかったからね」

彼らプレデターにとって金をつかうリスクを取る必要がどこにある?

(終了)