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2010年11月12日金曜日

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『Groupon、成功の秘訣は・・・文章力にあり?』

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The secret of Groupon's success is ... good writing?
Anthony Ha | VentureBeat | September 15, 2010


『Groupon、成功の秘訣は・・・文章力にあり?』
アンソニー・ハ|ベンチャー・ビート|2010年9月15日
抄訳:hiro. senaga

いまどきベンチャーというと、使われている技術の凄さがとかく強調されがちだ。
関わった人間の技量とか哲学といったあいまいでしかもスケールアップしないものが語られることは少ない。
だがGroupon社CEOのアンドリュー・メイソンは言う。「Groupon(クーポン共同購入サイト)の成功の要因は凄いテクノロジーではなく、むしろ優れた文章力とメールを使いこなすことだったのだ」と。

Grouponが扱う情報を内製するため、同社では現在70人のライター(writer)を雇っている。外注したり自動生成プログラムをつかったりするほうが手軽で効率的ではとの見方にメイソンはこう言う。「まだ聞いたこともないようなお店のことについてユーザーに関心を持たせるのに手間をかけた文章作成や練り上げられたコンテンツはとても重要なのだ」

情報をメールで届けるという初期のGrouponのやり方はその後の同社のスタイルに大きく影響したとメイソンは言う。ThePoint.com社(Grouponの前身)の時からユーザーをどうつなぎとめるかは大きな課題だった。
初期のころはユーザーが解約しない程度に購入イベント開催すればよかっただけだったが、それでもメールは裁量が大きいため、ニューズレターをメールする(訳注:つまりメルマガする)スタイルはそれなりのリスクもともなった、と言う。

人間のスキルとメールを主体としたサービスなんてシリコンバレーでは時代遅れ以外には受け止められなかったはずだが、テクノロジー中心でいかなかったのは同社がシカゴを拠点としていたからなのだろうか?

「(人材とメールの組み合わせだけで)そこまでできるってこと誰も十分には知らなかっただけだ」とメイソンは言う。

「いろんな制約が今のGrouponのスタイルを確立していったんだ」と彼は続ける。たとえば一日に一つの購入イベントしか開催しなかったのも、それ以上できる余力が同社にはなかったからだ。だがこうした制約と向き合うことで同社独自のビジネスモデルをよりユニークで独創的なものにすることができたのだと言う。

そして現在、Grouponには同社が裁ける以上の規模の依頼主が殺到している。いまや一つの購入イベントから発生する利益の最大50%はGroupon社の取り分になるのだ。それでも、同社のサービスに行列する依頼主は35,000店にもなるという。「もっと合理的に徹底して対応したら、取り分はもっと高くなってるよ」とメイソンは言う。

従来は一つの商品やサービス(主にレストラン)に対して共同購入をつのるスタイルだったが、最近、Grouponでは個人の嗜好にあわせ購入ユーザーを選別するあたらしいサービスも立ち上げた。つまり同社のビジネスはさらに拡大する可能性がある。「これまでユーザーが持っていたGrouponというサービスのイメージを一変させるくらいインパクトのあるもの」をテーマに開発を進めてきたとメイソンは言う。「これから六か月で大きくかわるよ。これまでのGrouponのサイトが・・・そうだね、言ってみれば今のウィンドウズにくらべ昔のMSDOSがこんな感じだったんだってくらい新しいものに生まれ変わる」

メイソンの人となりや考えについて関心のあるかたは2010年5月投稿のこちらへどうぞ!

(了)

訳者からの断り:
 ”2010年5月投稿”とあったのでその投稿分も含めて翻訳を敢行していました。
ネットの世界は広いようで皆の関心が集中する領域は意外と狭いんですね。
この元記事はすでに『Groupon CEO,創業から今後の戦略までを語る - インタビュー記事要約』という記事になって存在していました。しかもかなりの方がご覧になられていると思います。
翻訳作業も終盤になって気づいたのですが、注意深く要約と比較した結果、このサイトのテーマでもあるベンチャー起業という視点からみると要約では割愛される部分もかなりあるため、敢えてここに掲載することにしました。要約は要約で完成されてますし読みやすいですよ。
ただそれでも読んでくださる方のために、ぼくなりに強調したい箇所を太字にして効率よく読み進められるようにしています。
また末尾にはコメントもつけています。よろしければお進みください。Hiro. Senaga

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Being in a band made my business rock
Kim-Mai Cutler | VentureBeat | May 7, 2010

『バンド体験でビジネスもノリノリ』 ~アンドリュー・メイソンが語るGroupon成功の要因~
キム・メイ・カトラー|ベンチャービート|2010年5月7日
抄訳:hiro. senaga

いまや時価10億ドル($1=80円で約800億円)といわれるGroupon社の創業者兼CEO、アンドリュー・メイソン。だがかれの経歴はテクノロジー・ベンチャーを率いるイメージからかけ離れている。


コンピュータ・サイエンスを専攻したわけでも、MBAコースに進んだわけでもなく、偶然ソフトウェア開発に足を踏み入れるまでの彼は一介のミュージシャンでしかなかった。


公共政策にもともと関心のあった彼はやがて問題解決型サービスそして群衆行動に影響を与えることを目的としたThePointというサイトを制作する。マルコム・グラッドゥエルの著作(Tipping Point (邦訳本名:『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』))に代表されるような”Tipping Point(変化がおきる転換点)”をこのサイトから作り出そうという発想に基づくものだった。Tipping Pointとは集団の規模があるレベルに達したときに人々は率先してお金や時間をそのアイデアに注ぎ込むというマーケティング・コンセプトだ。


だがThePoint社の立ち上がりは当初想定していたようにはいかなかった。そこで創業チームは新しいアイデアを探すことに傾注した。一年半の試行錯誤を経て、かれらは共同購入というビジネスモデルの検証を始めたのだった。そして18ヶ月後、その試みは実に470万枚のクーポンを売りさばくという成果に結実する。それが注目され、2010年4月にはロシアのDigital Sky Technologies社とBattery Venture社から135百万ドル(約108億円)の資金を調達することになった。


最初の過渡期をどうのりきったのか?どうマネージしてきてそして次はどこに向かおうとしているのか?我々は電話でメイソンにインタビューをおこなった。


Q:「ThePoint社のときのビジネスモデルから違うモデルへどうやって移行していったんですか?」


メイソン:「ThePoint社を立ち上げて最初の一年、ぼくたちは経験のない起業家がおこすような典型的な失敗をたくさん経験したんだ。だけど最初っから、ThePoint社みたいなスタイルにはどういったビジネス・モデルが有効かを検証してはきてたんだ。広告もそうだし、募金活動も一つだった。でもその中でも共同購入に一番関心を持ったんだ。


過去にあった共同購入サイトがなぜうまくいかなかったのか考えたのさ。先に誰かがすでにやっててしかもそれは見事に失敗してたからね。


Mercataなんてサイトもその一例だ。たくさんの人が買うと、価格は安くなる。問題はね、十分な規模の購入者を集めるのに一週間という時間がかかかってたことなんだ。例えばカメラを共同購入しようと思うと一週間もまたないといけない。購入する側としては本当にそれだけ人数が集まるのか不安だし、なによりも時間がかかることで”衝動性”がなくなってしまうんだよ。もうひとつの問題はね、たとえ十分な人数がある商品の共同購入に参加したとしても、Walmart(ウォルマート)やアマゾンで買えるほど安くはなかったってことさ。かれらは巨大な購買力を持ってるからね。小売店サイトのマージン率はすっごく低くて値下げしても限界があったんだよ。


だから共同購入ってビジネスモデルを検証するってなった時も、まさかこんなにブレイクするなんて思ってなかったからサイド・プロジェクト程度でスタートしたんだ。


失敗していった前例と同じ轍を踏まずにどうやって顧客の問題を本質的に解決できるか?Grouponの基本構想はそこだったんだよ。対象エリアはまずローカルに絞って始めた。そうすることで直接お店に出向いていけるし、直接交渉することで短時間で依頼主を見つけることができたからね。そして大事なことはそうした共同購入の機会を、ユーザーにとってそのローカルの中ではベストなものにしたことだった。そのローカルにいかないと利用できない機会をね。


こうした依頼主(レストランなど)のマージン率は高いから、共同購入するユーザーが得られるディスカウント効果も十分だったよ。レストランを経営してたら、何人客がこようと材料は毎日買い揃えなきゃいけないからね。


ぼくたちが意図してたのは、街中の購買力を一つのお店に集中させることだったんだ。これのオモシロいところはね、住んでる街を”再発見”させることにあったんだ。自分たちの住んでいる街はこんなにオモシロい場所なんだって、再認識させる効果もあったんだ。だから街に住むみんなが望んでいるようなあるいは読みたがっているような質の高い店舗にサービスを集中させたんだ。


みんながぼくたちに街のガイド役を期待していることはすぐに気づいたよ。お得な共同購入サービス付きのね。でもこのことでみんなは前だったらそのお店のことをただ読んでおしまいってところをもう一歩踏み込ませることができたんだ。


たとえばでかけてもいつも同じようなレストランとか映画館にしかいかないようなタイプの人たちにとって、Grouponが仕掛けていることは違うお店を試そうと外出するいい機会になったんだ。これがロジック、そしてそれはうまくいったってこと。共同創業者はみんな経験豊かな起業家だけど、この共同購入モデルを検証する意義を理解してくれたよ。


でもGrouponはまだ検証中の一企画でしかなかった。本業にするかどうかの判断はしなかったんだ。うまくいくかどうか・・・芝生の成長を眺めているようなもんだったよ。意識しないで肥っていく感じに似てるかな。朝起きてああぼくは肥ってたんだって気づく感じだね。昨日までやせてたのに一晩で肥っちゃったとかじゃなくて、きづいたらああ肥ってたんだって感じだよ。このビジネスモデルがどれだけ急成長しているのか気づいてから、社名を変えることになっちゃうんだけどね。


でもはじめはね、共同購入の通知もThePointのサイトでおこなってたんだ。簡単なFlashベースのウィジェットを埋め込んでさ。でGrouponって名前のブログを始めた。謳い文句は”Get your group on(あなたのチームを参加させよう)”だった。でそのウィジェットで共同購入の申し込みができるようにしたんだ。


ユーザーはどんどん増えていったから、ぼくたちももっと真剣に投資をすることにしたんだ。一年間くらい前だったかな、ブログのテコ入れが必要だってなったのは。デザインもちゃんとしなきゃって。でも作業には時間がかかったよ。


当時のみんなはこの過程を楽しんでたね」


Q:「ビジネスをスケールアップする上で難しいと感じることは?」


メイソン:「今のところはめだってないな。こまごまとしたことはたくさんあるけどね。優秀な人材を雇うのも難しいし、必要なサービス機能に集中しているのかを把握するのも難しい。社内の雰囲気を保全していくのも難しいね。いま社員は300人いるんだけど、その半分は僕も知らないんだ。


自分では、この会社がこれから一年は働くみんなにとってクールで楽しいところであり続けることはとても重要だけどね」


Q:「Zapposの流れを継承するようにも聞こえますが、実際にはどうやっていくんですか?」


メイソン:「たのしい雰囲気を作り出す人にそれなりの権限とポジションをあげること。たとえば40人ものライターを雇ってマネージしている編集者はぼくがバンドをしていたころからのメンバーなんだ。ま、全体のクリエイティブ・ディレクターみたいな存在だよ。これをやる前は数人程度のチームしかまとめてなかったからね、経験とかだけで判断しようとすると全然見合わないよ。


でも彼はそれだけではわからないものを持っている。彼は部下を守ってくれるし、またぼくたちが手掛けることは楽しまなくちゃいけないって考えてるようなヤツさ。バンドを組むときだってそんなもんだよ。ちょっと変わってるってみられることを避けてちゃいけないんだ」


Q:「それは入社する条件ですか?」


メイソン:「ちがうよ。ただ自分らしくいればいいんだ。たまたまぼくたちみんながすこし変わってるだけだよ。まともな人でもダイジョウブさ。


ぼくの仕事で魅力的なのは存在しない領域に独創性を吹き込んでカタチにしていくこと。ミュージシャンをやめてビジネスに没頭することにしたのは、この世界ではぼくたちもまだまだ”変わってんな”って言われる機会がたくさんあるからね。たとえば記者会見の場とか。


Mob.ly買収の記者会見で、ぼくはシカゴには世界最大の排水濾過システムがあるって引き合いに出したんだけど、それはね・・・よくあるでしょ、たとえば田舎の小さい町に立ち寄ってみると”この街の鉄鉱石の一人あたりの生産量は全米一なんだ”って熱くかたるような光景にでくわしたことない?あんな感じだよ。記者会見を開きたかったのは、シカゴのテクノロジー・インダストリーは確かに有名じゃないけど、たくさんの人がそれなりに誇りをもって支えてくれるってことを知らしめたかったんだ。


Q:「ミュージシャンをやってた経験は10億ドルベンチャーを経営するのになにか役立ってますか?」


メイソン:「いまでもよくへまをやらかすよ。たぶんどこまでいっても準備不足なCEOなんだろうね。向いてるのかもわからないよ。バンドにいたことで人と違う意見をもつことや妥協すべきでないところはそうしないってことが身についたと思うんだ。信念があるなら貫かなきゃね。


これはこの会社のカルチャーの中でも重要なことだと思うよ。思うにぼくたちは社会のなかで触媒の働きをしているんだ。Groupon(この場合はクーポン)を購入するたびに、人はあたらしい体験を購入していることになる。この体験させるってことをもっとスパイラルに提供していきたいって思うよ」


Q :「それはGroupon で購入した体験やイベントを画像サービスやツイッターを通してフィードバックしてもらうようなことを指すのですか?」


メイソン:「そうだね」


Q:「来年に向けてGrouponがどこに向かうのかもうすこし話してもらえますか?まだ未進出のマーケットへの対応が最大の課題ですか?それともまったく新しい商品とかサービスを検討されているとか?」


メイソン:「この部分は悪いけど詳しく言えないよ。この業界はとても競争が激しいんだ。iPhone G4のコピーがもう中国ではでまわってるくらいだからね」


Q:「わかりました。おおきくなっていくなかでGrouponにはどんなふうになってもらいたいですか?」


メイソン:「スモールビジネスのエンドユーザーにとってベストのサービス・プロバイダーだね」


Q:「Mob.lyを買収して狙う効果は?」


メイソン:「モバイル・プラットフォームの分野でかれらは経験が豊富だからね。GoodRecやOpenTableなどのローカル特化アプリやNBC放送のローカル・アプリなどを作ってきたし。これからはネットの利用もどんどんモバイル化していくだろうからね。


これだけはいえるよ。モバイル・アプリを使えばGrouponのウォレットに常時接続できるってこと。これはPCネットではできないからね。いまだとね、たとえばふらっとバーに立ち寄ってぼくがGrouponの人間だとわかると聞きつけた人間が封筒にはいった30枚のGrouponをだしてきてまだ使えるか確かめてみてくれ!みたいに不便な状態なんだよ。


モバイル・アプリだとGrouponウォレットが使えるからそういうこともないしね。全部モバイルアプリの中で管理しちゃえば必要なときに最寄りの小売店やレストランを見つけられるからね。


Q:「だとえば失効間近になったGrouponをお知らせするような機能とか?あるいは街角のアイスクリーム屋さんでいまXXX人集まると50セントディスカウントで買えますよみたいな?」


メイソン:「まだコメントできないんだよ」


Q:「口座にもまだ潤沢な資金があるのにDST社から最近資金を調達したワケは?」


メイソン:「いま集中しているのは圧倒的なサービスを創りあげること。そして今回ぼくたちが資金調達をした投資家たちはそのことをよく理解している。


調達した資金は部分的に資本金に積み立てられる。初期の創業メンバーの保有株買い取りがほとんどだね。初期投資してくれた投資家たちは株を手放さなかったよ。


こういったことをやる上でお金は重要な動機ではないんだ。お金の問題っていつもバイナリーなんだよ。十分あるかないかだけなんだ。だから今回の調達は会社の株のわずかな部分を放出してこのお金のバイナリーな問題を解決したわけさ」


Q:「これは新規上場モードに入ったとみてもいいのでしょうか?」


メイソン:「今回の資金調達に関しては純粋に開発コストを確保したかっただけだよ。収益は上がっているからね。口座の預金額も潤沢だ。そして立ち位置も上々だよ。世界規模のEコマース・カンパニーに向けて集中することになるがそれも柔軟に対応していける」


(了)


訳者コメント


アンドリュー・メイソンはタダモノじゃない。
彼を単なるGrouponというブランドでくくってしまうと見誤ることになるとぼくは感じました。
彼に似た雰囲気を漂わせながら手の届かないくらい巨大なブランドをつくりあげた男・・・そうアマゾンのジェフ・ベゾスを彷彿とさせたからです。
それはメイソンがすでにビジネス・モデルを複製できるくらい智慧をため込んでいると思わせる箇所がおおいことにもよるのでしょう。


彼は成功する事業をおそらく何度も複製することができるはずです。
これが結構当たり前じゃないんですよ。一つのことで成功はしたけど別のモデルでは失敗してしまう経営者のほうが圧倒的に多いんですから。
そう水源をドリルで探すやり方を学ばずにたまたま成功している経営者もおおいのです。


メイソンは群衆の心理に働きかける重要性を熟知している。
Writerを70人抱えているところからもそれはうかがえますね。
どんなにシステムやツールが便利になっても、我々はその先に常に自分にとってインパクトのある情報を追い求めているものです。
テキストであれ、画像であれ、数字であれそれは変わらないと思います。
そして究極に進化したAIが登場するときまで、人にインパクトを与えられるのは人しかいないという原理は変わらないでしょう。


メイソンが他人の反応を敏感に感じ取るのにバンド時代の経験は相当役にたっていると思うのは僕だけでしょうか。
創業メンバーに経験者を混ぜてるあたりなど経験値の重要性も熟知していますしね。


こんなに誉めて彼がポシャったらどうしよう(笑)
でもぼくはやっぱりしばらくはアンドリュー・メイソンから目が離せない!(Hiro. Senaga)

2010年10月23日土曜日

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The Sure Thing ~確実なモノ~ マルコム・グラッドウェル

「ほんとうにそうかな?もう一度じっくり考えてごらん。・・・・・・ほら、ここはこういうふうになっているんだよ」小学校の先生のような雰囲気で高度なテーマを解剖してしまう・・・

マルコム・グラッドウェルには”教師”というのがピッタリの表現だとつくづく思います。成功者はなぜ成功したのか?ずっと長い間ぼくはこれを試行の頻度の問題だと思っていました。つまり何回に一回うまくいくという確率の世界だと思っていたんです。今回の抄訳”The Sure Thing~How entrepreneurs really succeed.~(確実なこと:起業家たちが成功した本当の理由)"はまさに目からウロコの一編です。おたのしみください。(翻訳権を侵害する可能性があるため完全翻訳ではありません。抄訳です。要点はほぼ網羅しています)

Annals of Business
THE SURE THING --How entrepreneurs really succeed.--
By Malcolm Gladwell
The New Yorker, January 18, 2010

抄訳
ビジネス史
『確実なこと』~起業家たちが成功した本当の理由~
マルコム・グラッドウェル
雑誌”ニューヨーカ―” 2010年1月18日号掲載         

1969年、テッド・ターナー(Ted Turner)が"WJRJ Channel17"というテレビ局を買収しようとしたとき、彼の周囲は大反対した。その当時、彼は広告看板ビジネスを家業を引き継いでいてその事業はうまくいっていた。テレビ局を買収してもその運営に失敗すれば本業も破たんを招きかねなかった。チャンネル17は受信するにはUHFアンテナを買う必要があり、これといったおもしろい番組もなく、会社は毎年50万ドルも赤字を垂れ流している状態だった。しかしターナーは反対を押しきった。

ターナーが引き継いだ家業の広告会社は屋外設置型の広告看板ビジネスで、1960~70代は南部でも最大のシェアを保有していた。

――チャンネル17なんていまは誰も知らない。俺の看板は広告時間の15%が空いてる状態だ。そこでチャンネル17を広告すればいい。 

買収にあたりターナーはそう目論んだ。

当時のローカル局は全国をネットワークする大型の放送局から提供をうけた過去の番組を再放送しているような状態で、ローカル局が独自の放送をしようとおもっても許されない雰囲気だった。ターナーは交渉でこの事態を打開できるのではと考えた。そして実際にニューヨークにある全国ネットの放送局を口説き、チャンネル17ではNBCの四番組を”昼間の時間帯”に放送できることになった。そしてその事実をターナーは彼の看板でこう宣伝した。

”NBC系列はチャンネル17に引っ越しました!”

チャンネル17の買収額は250万ドルで、当時の一般的な放送局の買収額はその何倍もした。彼はその代金を自分の会社の持ち株で支払うことでキャッシュを使うことなく手にすることができた。買収から二年もしないうちに、チャンネル17は利益を出すようになり、1973年には100万ドルの黒字を叩き出すようになっていた。

帝国を創りあげた起業家のパターンを分析しそのパターンをまとめて本にしたビレットとビュラモーは言う。
「起業家はある業界をつぶさに観察して、そこに”構造的な欠落”ともいえる満たされていないニッチを見つけるんです。彼らは人の価値基準のギャップをうまく利用します。安く手放しても構わないという所有者の価値基準を見抜き、安く仕入れ、高くても買いたいという人の価値基準を見抜き高く売り抜けるのです。そしてチャンスがある限りそれを繰り返す。それに時間のほとんどを注ぎ込むことで結果的に失敗する確率は大きく減ることになるんです」

フィアットの創業者は投資家のお金をかりて起業し、軌道に載るとその投資家を追い出した。
Bernard Arnaultは彼の自己資金4,000万フランでBossac(ブサック:フランスとイタリアで展開するカーテンや生地のメーカー)を購入し、その金額がちっぽけに見えるくらいの巨額ですぐに転売した。フランスの企業家Vincent Bolloreは、一族が経営する当時は斜陽になっていたBolloreの実権を他人の資金を使ってタダ同然で手に入れた。コダックの創業者は初期の資金リスクを彼の一族と富裕な友人に負担させることに成功した。
IKEA(イキア)の創業者は共産国家だったポーランドで家具を製造させることでスウェーデンで製造するのに比べ製造コストを半減させることができた。

フランスの航空エンジニアだったMarcel Dassaultはフランス国軍を研究し、プロペラの価値が上昇する可能性に気づき、プロペラ製造会社を手に入れた。軍から製造を依頼されたとき、彼はその発注をすべて前金でうけることになった。

彼らの洞察と決断の経緯をみていくと、”リスクを冒していない”ことわかる。一般的なイメージをことなり彼らは実はリスクをとっていないのだ。

ウォール街で当代随一の成功者をあげるとしたら、まちがいなくジョン・ポールソンだろう。Marty Grussの手法を信奉する彼は、リスクを限定的にし莫大な利益を得られる手法を研究した。Marty Grussから彼が学んだ格言がある。

――つねに下落するものに注意を払え。値上がりしていくものはどうにでもなる。

ポールソンの口癖は「そのトレードで損をしたら幾らになるんだ?」だった。
2004~2005年ころ、彼は不動産市場の過熱ぶりを疑い始める。そしてCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という手法を使って債券市場で不動産市場関連の債権を空売りする作戦に打って出た。CDSは債権にかける保険のようなものだ。債権保有者は他者にたいし保険のゲームを仕掛けることができる。

例えば仮に私が十件分の住宅ローンの債権をもっているとしよう。その価値は総額で100万ドルだ。そしてこの100万ドルの債権に対し10万ドルで保険を掛けませんか?とアナタに持ちかける。私は保有する債権に対し、万が一全員が支払不履行に陥った場合、アナタに70万ドル支払うと約束するとしよう。家の所有者全員がローンを滞納なく支払って一年が過ぎれば、10万ドルは掛け捨てとなり、債権所有者である私が掛け金を取る。そして・・・もし全員に滞納が発生すればアナタは70万ドルを手にすることができるのだ。(訳注:イタリック部分は、わかりやすくするため訳者が挿入した文です)

不動産市場の安定ぶりを過信した金融機関は小銭稼ぎとばかりにこのCDS契約を売りまくっており、ポールソンはそれを買い漁った。資金がつきたら大口の出資を募って借りてひたすら買い続けた。・・・・・・そして不動産市場がクラッシュし始めたとき、彼は実に250億ドル(2兆5,000億円)もの債権額に対してCDS契約を保持していたのである。

このやり方はネガティブ・キャリーと呼ばれ、早期に契約対象となる信用リスクが発生しない場合、破壊的な出費を強いることになる。このため、機関投資家が忌避する手法なのだ。
市場にバブルを見出しただけではこの手法は成功しない。バブルがいつ弾けるのかに対する精確な洞察が要求されるのだ。”こいつイカレてるよ” ポールソンからのCDS保険への大量の買い注文を見たモルガンスタンレーのトレーダーは嘲笑したとされる。

ポールソンはイカレてなかった。彼の堅固な判断は精確な市場分析に基づいていたのだ。米国の住宅価格は1975~2000年で毎年1.4%の成長率を示してきたのに対し、2001~2005年の五年間は毎年7%ずつ膨らんでいたのだ。2000年以前の成長率を延長させたものを基準ラインとすると、当時の価格はそれより実に40%も高かったのである。ポールソンはバブルを確信した。

次にポールソンを悩ませたのは、不動産市場のボラティリティにどの程度弾性があるか?という問題だった。(訳注:少し落ちては持ち直すといったことが繰り返されればバブルにはならないから)ポールソンは彼のスタッフに徹底的に過去データを掘り起こすように指示した。彼らはじつに600万件に及ぶ住宅ローン債権の過去データを購入し、過去のさまざまなる局面での市場のボラティリティのつぶさに解析していったのだ。こうやって彼らは結論に至る。

対数関数とロジステック関数を用いて彼らが導き出した結論は、成長率が止まった状態になっただけでもローン債務者は返済に耐えることができず、債券価格は7%下落し、住宅価格は5%下落する。そして住宅価格の下落スパイラルが起こるとすればそれは実に17%もの暴落につながり得ると予測は示唆していた。

当時、ほとんどの金融機関が、住宅の価格下落は失業率とか金利といった経済のファンダメンタルな要因が引き起こすものと考えていた。だから彼らは喜んでCDS契約を売りまくったのだ。しかしポールソンのスタッフがデータから弾き出した結論は、市場のバブルを牽引しているのは上昇する住宅価格自身であることを示していた。バブルは寸前まで迫っていたのだ。

次にポールソンはCDS契約の保険料が妥当なものか考察した。場合によってそれは高くつくからだ。例えば最近おこったGMの倒産に対して売られてたCDS契約の価格は100万ドルの債権に対し80万ドルとかなり高額だった。住宅債権市場で売られているCDS契約の価格を調べたポールソンらは唖然とする。そこでは100万ドルの債権額に対しCDS契約の保険料はたったの1万ドルだったのである。これだけの材料があればポールソンに大型のバブル崩壊はもはや必要なかった。もっともリスクの高い一部のローン債務者が不履行におちいるだけで利益が発生する状態だったのだ。2006年、彼は出資を募り10億ドルを集めた。そしてその中から1.2億ドルを使って、120億ドル分の債権額に対するCDS契約(一年有効)を買うことができた。でもこれだと集めた10億ドルに対し12%もの持ち出しになってしまう。

CDS契約の支払は分割のため、ポールソンたちが集めた資金は満期までの間、銀行口座に寝かせることができた。つまりその分に対し銀行の金利5%を得ることができたため、彼らのCDS契約にかかる実質的なコストはこれにより12%から7%に減らすことができ、ポールソンの手数料1%を載せても8%で済ませることができた。つまり最悪損をするとしても出資者が蒙る実損の上限は8%に限定されていたのである。(訳注:つまり-8%~120%の金融商品を投資家に販売したことになる。このモデルの賢いところは仮に2006年に不動産市場がクラッシュしなくても、低コストのため、翌年でも翌々年でもこのポジションを続けることが可能だった点だ)

住宅ローン債権の健全性を示す指標とされるABX指数が5%下落したとき、ポールソンはその朝だけで12.5億ドルを稼いだ。
2007年だけで150億ドルの儲けがあり、そのうち40億ドル(4,000億円)がポールソン自身の取り分だった。
2008年には5億ドルの売り上げになった。
かつてこの短期間でそれだけ稼いだ人がいただろうか?

プレデター・モデル(”捕食者”と表現されるほど大儲けするやり方)とまで言われる起業家

ポールソンの成功は我々に成功すために必要な気質を教えてくれる。それは勇気だ。しかしそれ以上に彼らに共通するのは一様に分析家であるということである。彼らはある”確実なモノ”を掴むことにかけて群を抜いている。そしてポールソンも自らと価値基準の異なる相手をみつけて取引した。驚いたことにポールソンは取引相手をみつけるだけでなく作り出すことさえした。彼は投資銀行に危険な債務だけで構成したハイリスクなサブプライム債権を開発させ、それを機関投資家に売りつけさせておいてその逆側に賭けることさえした。

前述のターナーも似たようなことをしている。1976年に彼は球団アトランタ・ブレーブスを買収した。
チャンネル17はその四年前にアトランタブレーブスの放映権を買っていて、試合を放送していたのだ。これにより試合をテレビ観戦したいブレーブスファンは否が応でもUHFアンテナを購入させられるハメになった。ターナーの慧眼は、ESPNやルパード・マードック依然にスポーツの中継が放送局のブランド強化につながることを見抜いてた。しかし球団は毎年100万ドルの赤字を垂れ流しており、球団オーナーは1,000万ドルでの売却にこだわった。

ターナーは策を講じる。
まず交渉して支払を100万ドルの前金と八年の分割払いにすることに成功した。さらに会社の財務諸表をつぶさに調べさせたターナーは、そこに当時のオーナーが見落としていた100万ドルがあることを発見したのだ。結局かれは自らの資金を使うことなく球団の買収に成功した。買収前、チャンネル17はアトランタブレーブスの試合60ゲームを放映するために年間60万ドル支払っていた。彼はこの取引で向こう8年間、60万ドルの追加出費をするだけで、全160ゲームを放映できることになり・・・そして球団も手に入れるたのだった。

ターナーはこれでもリスク好きなのだろうか?実際彼の経歴をおっていくと、彼がリスクを忌避してきたことがわかる。こういうエピソードがある。ターナーがビジネスに乗り出したころ、彼の父エドはジェネラル・アウトドア社という同業企業を買収した。ターナーの読みでは買収自体は問題はないはずだった。
ターナーが常に時間をたっぷりかけて、最後まで避けれないものかと考えることがある。それは自分のお金を持ち出すことだ。エドはこの買収でそれをしてしまった。
もし不測の事態が生じれば、それは一族の広告事業全体を破壊しかねなかった。
買収から六か月でターナーの体重は180ポンド(80キロ)から130ポンド(59キロ)に激減した。ターナーはこう振り返る。「胃潰瘍寸前の状態になり、コーヒーを飲むことを医者に禁じられ、疲れやすく、まぶたはいつもピクピクして私をいらだたせた」

ポールソンの成功を本にしたザッカーマンが調べたところ、サブプライムで儲けを出した人たちに共通のパターンが見られたという。
彼らはみな、用意周到に調べつくしており、確信のもとに決断をくだし、そして徹底的に儲けた。市場の”異常状態”を衝くことによって・・・。
彼らはリスクを志向したのではない。徹底的に調べつくすことで”確実なモノ”を見出していったのだ。

企業はCEOが果敢にリスクに立ち向かうよう促すため寛大なストックオプションを与えている。エージェンシー理論(経営者は株主よりも経営者個人の利害を優先する可能性があるのでインセンティブを与えてそれを回避させようとする理論)がいうところのインセンティブに相当する。会社はなぜ株ではなくストックオプションを与えるのか?そうすることで保守的になった経営者が起業家のようにリスクに立ち向かってくれると考えるからだ。

その効果は経営者をリスク・テイカーにしてしまうようだ。
2006年末、メリルリンチは13億ドルでサブプライムローン貸金業最大手のファースト・フランクリン・フィナンシャル社を買収した。これでメリルリンチの帳簿上のサブプライムローン債権の金額は110億ドルに膨れ上がった。ポールソンでさえ、CDS契約への投資は危険と考えており、彼のスタッフが数か月もかけて分析をおこなうまでは慎重に静観していたのだ。メリルリンチお抱えの経済学者が”最大5%まで住宅価格はおちる可能性が高い”と予測していたにもかかわらず、同社はファースト社の買収を強行してしまった。

経済学者のスコット・シェーンはその著書”The Illusion of Entrepreneurship (起業家の虚像)”の中で、このように指摘している。

――確かに多くの起業家がリスクをとるが、そんなタイプは大体が失敗してしまう。成功している人たちとは違うタイプだ。

失敗した事例は新規事業を成功させるためのありとあらゆる原則を犯している。
例えば、新しい事業が成功するかどうかは資本金のサイズとあきらかに相関している。それなのに失敗した起業家たちは資金不足な状況に身をおくことを厭わなかった。データによるとバランスのとれた配分になっている株式会社が一番だ。なのに失敗した起業家たちは自らが独占的に支配できるような形態にしてしまう。事業計画書は必須だ。なのに彼らはそれすらやっていない。すでに軌道にのっている企業を買うほうが常にベストの選択だ。なのに彼らはすべてを一から創りあげようとする。急成長を遂げているベンチャーの90%がBtoB取引(対企業間取引)でうまくいっている。なのに失敗した起業家たちは一般消費者にモノを売りつけようとする。漏れている客層は考えずに同業他社がすでに抱えている客層を奪おうとする。マーケティングを軽視し、資金コントロールを重視しない。値下げで勝負しようとする。
もちろん避けられないリスクもある。だが起業家が直面するリスクのほとんどは知識不足か洞察に欠けるがゆえに発生するものだ。

シェーンの解説はハーバード大学の心理学者デイビッド・マクラレンド(DavidMcClelland's)がおこなった有名な実験を思い出させる。実験は幼稚園児たちに輪投げをさせて高得点者とそうでない者との行動の違いを観察することだった。スコアが低かった子供は必要上に遠くから輪投げをするもので、そうすることで”遠くから投げるのだから失敗しても当然”という言い訳で自らの能力への正当な評価を防御しようとしたのである。

さきほどのCEOとストックオプションの話にも通じるものがある。
シティグループが危ぶまれる投資を次々とおこなっていた当時CEOだったチャールズ・プリンスは「曲が続く限り、立ち上がって踊りつづけないといけなんだ」と吐いて非難を浴びた。彼は会社の中で自身の評価を下げることより、会社を危機に晒すことを選択してしまったのだ。

プレデター・モデルの起業家たちは違う。彼らは確実なことを追及してきた者として名声を得ることに喜びを感じるタイプだ。
IKEAの創業者がポーランドで家具を作らせた当時は冷戦の真っただ中で共産主義者と取引をすることは正当とは考えられてなかった。サム・ウォールトンがアーカンソー州ニューポートで最初の小売店を開業させた時、彼はその資金を妻の親族から調達した。銀行から借りるよりリスクが少なかったからだ。彼は事情によってニューポートから締め出されており、妻の家族を頼って舞い戻るしかなかった。当然、軌道に載るまでのあいだ親族間でも重苦しい空気がながれたに違いない。ドイツ銀行のリップマンは「住宅ローン市場のバブルは崩壊する」と主張したことで嘲笑的な誹謗に耐えなければいけなかった。

プレデターたちはどうしてこういった自虐的な環境でも耐え抜くことができるのか?それはおそらく自らが手掛けることに十分な見通しと確信を抱いているからに違いない。あるいは自ら手掛けていることに没頭しててそういった状況でも気にならないのか・・・。
愚直なまでに”確実なモノ”を合理的に追求する者たちに共通する兆候なのかもしれない。

家族であった時に気まずい思いをすることで、より安全な資金調達を選択できるのであれば、そうすればいいだけだ。ウォルトンはそう考えたはずだ。個人的に嫌なことを甘んじて受けることで、会社にとって嫌なことを避けたのだ。

ポールソンはCDS保険に投資をする前にすでに成功していた。なのになぜチャレンジしたがるのか?彼の真の動機は”込み入った複雑な問題を解決したい”といった類のものなのだ。彼はそうすることを楽しんでいるのだ。

自らのために尽くすことに無上の喜びをかんじること・・・これは多くの成功者にみられる疑いのない共通項のひとつなのである。



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この三つを選択させる実験を起業家とそうでない人を混ぜた母集団でおこなったところ、全体に比べ、起業家は三番目の選択をする傾向があることが分かった。彼らは”確実になること”が増える方を選択するのだ。彼らは超合理主義者なのである。だが一方で、心の奥底では自らが仕事の中で見つける”発見”に魅せられ続けるロマンティストでもあるのだ。

ターナーが24歳の時、彼の父が自殺をした。
その前日に、一族の会社の顔ともいうべきジェネラル・アウトドア社の看板をボブ・ネーゲルという男に売り渡していたのだ。ターナーは悲しみのなかで復讐にでる。
彼はアウトドア社のリース部門の人材を全員引き抜き、今までアウトドア社の看板を設置していた不動産の所有者に自社の看板を設置してもらえるよう動き始めた。一方、パーム・スプリングに飛びネーゲルとも対峙し、アウトドア社の買い戻しを打診している。ターナーが夢描いていることを手掛けるには金を生む出し続ける看板ビジネスがどうしても必要だったのだ。ネーゲルは20万ドルを要求したが、ターナーにはそのお金がなかった。だがネーゲルのような高額所得者に分割払いなどアピールしない。そこでターナーはターナー・アドバタイズメント社の自社株で支払うことを打診し、交渉は成立した。
「これまでのところうまくいってるよ」ターナーは自伝にそう書いている。
「ネーゲルの手から会社を取り戻すことができたし、一ドルも現金を使う必要がなかったからね」

彼らプレデターにとって金をつかうリスクを取る必要がどこにある?

(終了)