2010年10月20日水曜日

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The New Funding Landscape by ポール・グレアム (日本語訳)

The New Funding Landscape by Paul Graham (the Original Post)

ポール・グレアムの過去ブログ日本語訳を豊富に掲載しているサイト(lionfan)

ほとんど変わり映えのしない数十年を経て、ベンチャーへの資金提供ビジネスは今、以前に比べると、ちょっとした”混乱期”にさしかかっている。YCombinatorで、我々はベンチャーの資金調達の環境が激変するのを見てきた。うれしいことにこうした変化の一つがベンチャーに対する評価の高まりだ。

我々が見てきた傾向はおそらくYCombinator特有のものではないと思う。特有のものだといいたいのは山々だけど。おそらく我々はこうした傾向をいち早く察知できただけだ。というのも我々が資金提供をおこなってきたベンチャーたちはシリコンバレーを拠点としていて、そこで起こる新しい変化をいち早く活用することができたからだ。それと我々はこうしたベンチャーへの資金提供において十分なデータとそれに基づいたかなり明確なパターン予測ができたことも大きい。

これから数年で、我々がいま目撃していることを、おそらくみんなが目撃することになる。だから我々に何が見えているのかを説明しておこう。そしてそれがあなたが資金調達をしようとすることにおいて何を意味するのかも。

Super-Angels (スーパーエンジェル:スーパー個人投資家)

かつてベンチャーにとって資金調達とはどんなものだったかというところから始めよう。かつては二つのまったく異なる投資家しか存在しなかった。個人投資家とベンチャーキャピタル(以下、VC)だ。エンジェルは裕福な個人の投資家たちで、少額のポケットマネーを投資する。VCというのは大きな資金を会社形態で運用していて(機関)投資家の巨額な資金をベンチャーに投資する。

ここ数十年、この世界にはこれら二種類の投資家しか存在していなかった。がここにきて、第三のタイプとも呼ぶべき存在が彼ら旧来の投資家の中間に立とうとしている・・・いわゆるスーパーエンジェルだ。あわてたVC各社はいま、かつての個人投資家スタイルの資金提供を大幅に増やすようになってきている。そしてかつての個人投資家とVCの間に厳然と存在していた垣根がかなり取り払われてきているのだ。

かつて投資家とVCとの間には無人地帯が横たわっていた。個人投資家は一件あたり2万~5万ドル(大まかに200~500万)程度の投資を行ってきたし、VCは100万ドル(1億円)以上を手掛けてきた。当時のエンジェル・ラウンド(初期の個人投資家からの資金調達を指す段階)というのは複数の個人投資家から調達をつのり総額でたとえば20万ドル(2000万)とかを目指すことを意味していた。そしてVCラウンドはいわゆるシリーズAランド(訳注:上場や買収など出口戦略を意識した資金注入の初期段階を指す)と呼ばれる資金調達でVC1~2社あたり100~500万ドル規模の資金調達を意味した。

無人地帯と言われるこの中間の資金規模を調達するのはベンチャーにとってとても厄介な作業だった。そしてその中間の資金規模こそ、多くのベンチャーが必要としていたのだ。試作段階を終えたベンチャーの多くが40万ドル規模の資金調達を必要とした。個人投資家が出せる金額を寄せ集めその規模の金額を達成することは骨の折れる作業だったし、ほとんどのVCはこの規模の資金提供には関心がなかった。これがスーパーエンジェルが台頭することになった背景だ。彼らはマーケットのこうしたニーズに呼応する形で登場した。

かつて二種類の投資家しか存在せずまた互いに干渉しあうこともなかったところに、こうしたスーパーエンジェルが登場したことはベンチャーにとって大きな話題となっている。スーパーエンジェルは個人投資家ともVCとも競合することになる。そしてそのことは資金をどう調達するのかというルールそのものを変えようとしている。この新しいルールが最終的にどのようなものになるのか、私にはまだはっきりと解らない。だがこうした変化のほとんどはおおむねベンチャーへの恩恵とみていいだろう。

スーパーエンジェルは個人投資家の特長とVCの特長を兼ね備えている。かれらスーパーエンジェルはたいていエンジェルのような個人の投資家だ。事実、こうしたスーパーエンジェルのほとんどがかつて個人投資家のタイプに属していた。彼らが個人投資家と違うのは、VCのように他の投資家の資金も取り扱うという点だ。こうすることで個人投資家の規模を超えた資金注入が行えるようになった。典型的なスーパーエンジェルの投資規模はだいたい10万ドルだ。彼らは個人投資家のように出資の可否判断をすばやくおこなう。そして投資家あたりの出資件数でみても、VCのそれに比べスーパーエンジェルがこなす投資案件は10倍もおおい。

こうしたスーパーエンジェルがおこなう代理投資はVCにとって二重な意味で脅威となっている。かれら二者は単にベンチャー獲得だけを競っているのではないからだ。彼らは彼らへ資金を供給する投資家の獲得という点においても争っていることになる。スーパーエンジェルの実体は俊敏で身軽なVCともいうべきものだ。そしてテクノロジーの世界に暮らす我々のほとんどがこういう形態への変化が次に何をもたらすのかを知っている。そう、役者の交代だ。

本当にそうなるのか?現時点で、スーパーエンジェルから資金調達をおこなうベンチャーでVCからの資金申し入れを断るケースはほとんどない。”なくても困らない”素振りに終始しているにすぎない。だがそれでさえVCにとっては十分な懸念になっている。VCからの資金調達を画策しているベンチャーは、”資金調達には困らないんだ”という態度で個人投資家に対してもうまく立ち回るだろう。実際、VCラウンドで資金を調達しようとするベンチャーは、その頃には評価も上がっているものだ。仮に一番すごいベンチャーがシリーズAランドの資金調達に漕ぎつく時点で10倍の評価額を得ることができるとするなら、それと同額の機会損失というインパクトをVCは蒙る計算になる(訳注:VCが初期の段階で資金注入をできたところにスーパーエンジェルが入り込むことで機会が喪失してしまったらという意)。

だからVCはスーパーエンジェルの台頭に危機を抱いているはずだと私は考えている。一つだけVCにとって救済ともいえる余地にあたるのが、ベンチャー投資から得られる最終損益がバラついていることだ・・・事実、(業界の)リターンのほぼすべてがベンチャー数社の大きな成功からもたらされている。あるベンチャー一社の期待値は、それがグーグルに化けるとしたらという確率に基づくモノでしかない。所詮、儲けがなければ勝てないという点において、スーパーエンジェルは多くのベンチャーに投資ができるという緒戦の段階でVCに対し優位に立つことはできるかもしれないが、わずか数社への資金注入を取り逃がしたことで対VC戦争そのものには負けるかも知れないのだ。そしてそれは起こりえることだ。なぜならVCのトップ各社はブランド力もあるし、注入先のベンチャーに対していろんな意味で貢献できるからだ。

スーパーエンジェルはより多くの投資をおこなうがゆえに、案件一件あたりの投資家数は少なくなってしまう。通常、VCが取締役会に介在しておこなうレベルの関与を投資先に提供することはできない。こうした関与はどれくらいの価値をもつのか?これは投資家によって考え方が大きく異なってくる。だいたいこんなものだというコンセンサスがないのだから。こうしたことについて、現在のベンチャーたちは個別に判断していくしかない。

これまで、VCがベンチャーに対して貢献できると主張してきた付加価値というものは、政府が(国民に)主張しているようなモノに過ぎなかった。VCは(せいぜい)創業者のアナタを高揚させただけかもしれない。だが、VC規模の資金調達を行おうとすると、アナタに選択はなかったのだからそれはそれで仕方ないものだった。だが現在、VCは競争にさらされている。そしてそのことは、マーケットにおける相場のリスクが彼らVCの関与によって変動する状態を作り出している。興味深いのは、それがどういう変化をもたらすのか、この時点では誰にもわからないということだろう。

ベンチャーたちはトップクラスのVCのみが提供できるようなアドバイスであったり人脈を本当に必要としているのだろうか?それともスーパーエンジェルが資金だけを注入することとさほど変わらないのか?VCは”それは必要なことだ”と言うだろうし、スーパーエンジェルは”必要ないよ”と言うだろう。言えるのは、 VCもスーパーエンジェル自身も含めて、”誰もわかっていない”ということだ。スーパーエンジェルたちが知っているのは、少なくとも彼らの新しい投資モデルがトライするに十分値するくらい期待できるってことだ。そしてVCもそれが懸念するに値する”変化”だと察知している。

Rounds (ラウンド:資金調達)

ともあれ、こうしたVCとスーパーエンジェルの対抗は創業者にとっては朗報だ。競争の激化はベンチャー側にとって有利な契約条件をもたらすということ以上に、この影響は今、投資形態そのものを変えようとしている。

個人投資家とVCの一番大きな違いは”ベンチャーに対する値付け”にある。VCは高く値付けをしたがる。シリーズAラウンドと呼ばれる初期の資金調達では通常、VCはベンチャーの価値の三分の一の保有権獲得を目指す。それに対して幾ら支払うのかはあまり問題にならない。だが保有率についてはできるだけ多く欲しがる。なぜならこのクラスの投資案件は件数として希少だからだ。従来のシリーズAラウンドでは、VCのパートナーの少なくとも一人がベンチャーの取締役に就くことになる。取締役の任期はだいたい5年ほどだが、一人のパートナーは通常、10社以上(の取締役)を同時にさばくことはできない。つまりVC各社は一人のパートナーにつき毎年2件のシリーズA案件を獲得することが上限になる。そのことがVCが投資するベンチャーへの保有率を高めたがることにつながる。シリーズAラウンドの資金調達をアナタのベンチャーがおこないたければ、リアルな可能性があるという意味においてホンモノでなければならない。それは10人しかいないVCの取締役(訳注:通常、VCの取締役とパートナーは同意で扱われる)の一人を、たかが数パーセントの期待値しか持たないアナタのベンチャーに関わらせることになるのだから。

それに比べ、通常、個人投資家が投資先の取締役を務めることはない。その意味では拘束が少ないと言えよう。彼らはアナタのベンチャーの数パーセントを保有することで満足なのだ。VCとあらゆる点で重複するスーパーエンジェルも、この個人投資家に特徴的な属性は引き継いでいる。彼らは取締役の席も欲しがらないし、大きな保有率も必要としない。

このことは、彼らスーパーエンジェルから得られる関心も相対的に少なくなることを意味するが、見方によっては朗報だ。創業者たちはいつだって、VCが欲しがってきた規模の株数を譲歩したくはなかったのだから。一度の資金調達に対する代償としては大きすぎた。シリーズAランドに挑む創業者の多くは、まず必要とする金額の半分にあたる資金調達を、予定している半分の株数に対しておこない、その事実にもとづいて二回目の資金調達をおこなうことで、残り半分の株数に対してできるだけ多くの価額増加を試みたがってきた。だがVCがその選択を許すことはなかった。

そして現在、ベンチャーはもう一つの選択をすることができる。いまなら、シリーズAランド規模の半分のサイズの資金調達を個人投資家から得ることも簡単になっている。我々が関与するベンチャーの多くがこのパターンを選んでいる。そしてわたしが思うに、これが一般的なベンチャーの本音なのだ。

エンジェル・ラウンドでも大きなものになると通常、投資前の企業価値の上限を400万ドルとして、転換社債で60万ドル規模になる。これは、この転換社債がベンチャーの株式に転換される時(その後におこなわれる大型資金調達や買収されたりした場合などで)、60万ドルを投資した投資家は0.6/4.6の比率13%に相当するその時の評価額を手に入れることになる。これはこれまで早期にシリーズAラウンドで資金調達をおこなったベンチャーたちが手放してきた30~40%という数字に比べてかなり少ない。

だがこれら中規模の資金調達がもたらす利点は何もこうした損失の減少にとどまらない。アナタは議決権の減少も抑えることができるのだ(訳注:つまり経営をコントロールできる権限をこれまでほど失わずには済むということ)。個人投資家から資金調達を受けるほとんどの場合において、創業者は経営する権限を保持することを許される。これに対し、シリーズAラウンド後は多くのケースでその保持を許されない。従来の取締役会の平均的な構成は、創業者2名、VCからのパートナー2名、そして中立な立場の第五のメンバー1名だと言われる。それに加え、シリーズAラウンドに附帯してくる出資条項には、出資者側に様々な重要決議に対する拒否権を付与しているのが一般的だ。会社の売却もその対象に含まれる。とは言うものの、物事がうまく進行するかぎり、シリーズAラウンド後も創業者は実質的に経営をコントロールしていくことができる。だがその自由度は、調達以前にアナタがやってこれた”自由”とは別ものだ。

個人投資家から資金調達をすることによる、三番目のそしてとても重要な利点は、調達というプロセス自体からのストレスが軽減されることだ。従来型のシリーズAラウンドから調達しようと思ったら、(数か月はかからないまでも)少なくとも数週間は必要となる。VC各社は毎年パートナー一人あたり平均2件の案件をさばくのがせいぜいだから、彼らは対象の選択には慎重になる。シリーズAラウンドをこなそうと思ったら、VCのパートナー全員の全体決議を頂点とする一連の会議を切り抜けなければいけない。創業者にとって一番不安なプロセスだ・・・シリーズAラウンドがだらだらと続いたあげくにVC側が”No”というかもしれないのだから。パートナーによる全体議決で”No”と言われる確率は平均で25%。VCによっては実に50%超える。

創業者にとっては幸いなことに、VCもその部分においてより俊敏になってきている。今日では、シリコンバレーにおけるVCの多くが二か月よりは二週間を選ぶようになってきている。だが、それでもVCはいまだに個人投資家や、スーパーエンジェルほど俊敏ではない。彼ら個人投資家の中でも俊敏な人は時には数時間で決断してしまうのだ。

個人投資家からの資金調達の利点は速いことだけではない。その過程で彼らのベンチャーに対する反応を得られることにもある。個人投資家からの資金調達はシリーズAラウンドのように出すか、出さないかといった二択ではない。そのプロセスは複数の、また真剣度も異なる個人投資家とのやりとりだ。誠実に対応するキチンとしたタイプから、「一番最後にまわってきな」といったセリフを吐くむかつくタイプまで投資家といってもさまざまだ。一般的に創業者はもっとも熱心で協力的な個人投資家から出資を募りはじめる。創業者のアナタと一緒に、態度を決めかねてる別の投資家を口説いてくれるようなタイプだ。優柔不断な投資家も他の投資家からの資金が集まり始めているのを見ると関心が高くなるものだ。

これら一連の過程のどの時点においても、創業者は自分たちの状態がどう見られているかを察知しなければいけない。もし個人投資家の態度が硬化すれば、おそらくそれは調達すべき金額を減らすタイミングかもしれない。(訳注:原文が完成していない可能性あり)その時は、相手を怒らせて元も子も失くすより、臨機応変に資金調達の規模を縮小したりすべきだろう。たとえばVCでの全体決議でアナタのベンチャーへの出資が否決された場合などはこうした状況が起こり得る。かたや、個人投資家がかなり熱心な時は、こうした資金調達のプロセスを早く終わらせることができる上、条件を転換社債への出資で統一することもできる。それどころか、一口あたりの出資額を増額することだって可能だ。

Evaluation (評価)

ではVCはと言うと、彼らはスーパーエンジェルに対してまったく無策なわけでもない。そして彼らは実際にその対策を実行し始めている。VCも個人投資家レベルの出資を手掛け始めているのだ。”エンジェル・ラウンド(個人投資家からの資金調達)”という用語はもはや対象とする投資家を個人に限定しないのである。現在では調達の”類型”を意味するに過ぎない。最近ではVCも含め投資ビジネスに参加するものは多数の小型投資をするか二つの大型案件をこなすかのどちらかだ。そしてVCがエンジェル・ラウンド型の投資をおこなう場合、彼らはスーパーエンジェルが好まないアプローチをとるのだ。VCはエンジェル・ラウンド型においても企業の試算価値を偏重した出資額の釣り上げをおこなう。一つには彼らがもともとそうした特性を持っているということもあるが、もう一つにはその段階でのリターンに対する彼らの期待値が低いことも理由だ。これは彼らが主にこの段階での参入を、後々のシリーズAラウンドを想定した候補ベンチャー群の青田買いとしか捉えていないことを意味する。ゆえにエンジェル・ラウンドへのVCの参入は競争への対価を釣り上げ、個人投資家やスーパーエンジェルの投資機会を吹き飛ばすこともあり得る。

スーパーエンジェルの中にもこのベンチャーへの試算価値を重視するタイプがいる。実際に何人かのスーパーエンジェルは我々が見つけてきたベンチャーへの出資を見送った。試作品のリリースが始まった後にだ。対象のベンチャーの試算価値が高すぎるというのが彼らの理由だった。これはベンチャー側にとっては何の問題でもない・・・常識的にみると、試算価値が高いということはより多くの個人投資家の賛同を得やすいということになるからだ。私にとってはこうしたスーパーエンジェルが試算価値が高いことを理由に出資を断るのが不可解だった。彼らは業界にもたらされた巨額のリターンがベンチャー数社の大成功からであったことを知らないのだろうか?だからこそ出資する金額よりもどのベンチャーに出資するかのほうが重要だということも?

そのことについてしばらく考えまたそういった言動にみられる他の兆候も観察していく中で、スーパーエンジェルは彼らが自認している以上に賢い投資家であることを説明するロジックにたどり着くことになるのである。あるベンチャーが早期に買収されることを期待して投資をおこなう場合、スーパーエンジェルたちが低い試算価値のベンチャーをその対象に求めるのには合理性がある。もしアナタが”次のグーグル”に投資をしたいのであれば、現段階での試算価値が2,000万ドルかどうかなんて気にする必要はない。(訳注:将来の企業価値が膨大になるのであればとの意)だが早期に3,000万ドルで買収される可能性が高いベンチャーに投資をしようとするならば、現段階での試算価値がいくらかを重視するのは当然だ。仮に2,000万ドル投資をして3,000万ドルで買収されるとしたら、アナタは1.5倍のリターンしか得られないのだから。それだったらアップル社の株を買っても得られるかもしれない。

それだからこそ、早期に買収される可能性のあるベンチャーへの出資を望んでいるスーパーエンジェルたちが投資前のベンチャーの企業価値を気にするのは当然なのだ。だけど彼らはなぜそうしたベンチャーを探しているのだろう?この”早期に”が意味するところは大きい。短期に実現すれば大きな利回りとなるからだ。(訳注:株の短期トレードと同じで繰り返すことで利益率を高められるという意)3,000万ドルでしか売却できないベンチャーに投資をすることはVCにとってみれば失敗に過ぎない。だけど個人投資家にとってそれは10倍の利回りを意味するかもしれないのだ。しかも”早期回収”できる10倍なのだ。収益率は投資においてもっとも考慮されるべき要因なのである。得られる倍数よりも、得られる一年あたりの複利効果の方が重要なのだ。あるスーパーエンジェルが仮に一年間で資金を10倍にすることができるとすると、この収益率はVCがあるベンチャーを六年かけて上場させることで得られるであろう最大の収益率を上回ることを意味する。VCがその期間、スーパーエンジェル並みのパフォーマンスを達成したければ((10^6)-1)百万ドルという計算になる。これはグーグルに投資しても達成できないレベルだ。

だから、スーパーエンジェルの何人かは早期に買収される可能性の高いベンチャーへの出資を求めているだろう。そう私は思う。正しい投資先に投資することよりも、正当な試算評価に対して彼らがそこまで執着することを合理的に説明できるのはこの見解だけだ。そして仮にそうであるのなら、彼らスーパーエンジェルへの対応はVCへのそれとは異なってくる。スーパーエンジェルは試算評価に対してシビアだ。だけど創業者のアナタが早期に売却を考えているとしたら、彼らも融通の利いた対応をしてくれるだろう。

Prognosis(今後の予想)

ではスーパーエンジェルvs.VCの勝者はどちらか?おそらく答えはそれぞれの側から一部ずつといったところだろう。双方とも相手のスタンスに近づいていくことになると思われる。スーパーエンジェルはより多額の出資を行うようになるだろうし、VCもより小型で多数の出資を俊敏に行うようになるだろう。十年後、当事者たちはどっちがどっちなのか断言できない状況になっていて、そこにはこの両サイドからの生存者がいることになるだろう。

それはベンチャーの創業者にとって何を意味するのか?一つはベンチャーに今与えられている高い試算評価が永続することはないだろう。たとえ今、試算価値偏重のVCに高く評価されているベンチャーでも、VCがスーパーエンジェルの投資モデルを踏襲していく過程で評価は落ちていく。VCも試算評価に対しては辛口になっていくだろう。幸いなことに、これはそうなるにしても数年はかかる話だ。

短期の予測でいうと、投資家間での競争が激しくなるということだ。創業者にとっては朗報だろう。スーパーエンジェルは俊敏に動き回ることでVCの弱体化を試みる。VCはベンチャーの試算評価を釣り上げることでスーパーエンジェルの弱体化を試みる。これらの組み合わせは創業者には追い風にはたらく・・・資金調達のプロセスは速くなり、高い評価も得られるのだから。

がこの組み合わせを得るには、アナタのベンチャーがスーパーエンジェルとVCの双方にアピールしなければならないことを覚えておいてもらいたい。アナタのベンチャーが上場までを目指せるものでないのであれば、エンジェル・ラウンドでのVCによる試算評価の釣り上げ効果は期待できない。

またエンジェル・ラウンドでVCを取り込むことはベンチャーにとってリスクにもなる・・・いわゆる”シグナリング・リスク”だ。仮にVCが大規模な出資をするという期待感を持たせているだけで少額しか出資しない場合、その大規模な出資がおこなわれないとすれば何が起きているのか?これは関係者全員に対して創業者であるアナタの交代を示している”シグナル”かも知れない。

創業者はこのことをどれくらい真剣にとらえればいいのか?シグナリング・リスクの重要度は創業者であるアナタがどの程度深く関与してきたかによって変わってくる。次の資金調達段階の前に、収益あるいはアクセスが月ごとに増加しているグラフを用意することができるのなら、並びいる投資家がアナタに向けるいかなるシグナルも気にする必要はない。結果はすべてを代弁してくれる。

一方、同じ状況でまだ具体的な成果を出せないでいたとしたら、投資家たちが追加で投資をしたがっているかどうかのサインを気にするべきかもしれない。私にはアナタがどの程度それを気にすればいいのかわからない。VCがエンジェル・ラウンドの投資を手掛けるようになってまださほど日も経っていないのだから。シグナリング・リスクはえてして創業者が”たいしたことじゃない”と気にも留めないようなモノかもしれない。原則として、ベンチャーを死に追いやる唯一の存在はベンチャー自身だ。ベンチャーは競争相手がそうする以上に自身を痛めつけることなどいい例だ。わたしはベンチャーのこういった自壊のプロセスにもそうしたなんらかのシグナリング・リスクがあるのではと考えている。

我々が手掛けるベンチャーがエンジェル・ラウンドでVCから資金調達をするさいのリスクを緩和するのに用いているのが、一つのVCから多額の資金は受けないというものだ。これはアナタのベンチャーにとっても有用かもしれない。もしアナタにお金を拒否できる度量があればの話だが。

幸いなことに、これからもたくさんのベンチャーが続く。隔離された世界での競争の数十年を経て、ベンチャーへの出資ビジネスはいろんな意味でリアルな競争の時代へとなりつつある。この勢いはすくなくとも数年、そしておそらくはそれ以上に続くものとなるだろう。市場が大きく暴落でもしない限り、これからの数年はベンチャーの資金調達にとっては好機となる。そしてエキサイティングなことに、それはより多くのベンチャーが生まれることを意味している。