2010年10月29日金曜日

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The Formula ~もしヒット映画を予測できるボットを作っちゃったらどうする?~ (後編)

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By Malcolm Gladwell
The New Yorker, October 10, 2006


The Formula 後編

こうした学習を終えたエパゴギクスのフォーミュラは、ようやく新しい脚本の予測に実用されることになった。
例えばブルース・ウィルスとコリン・ファレルを起用して興収7500万ドルの映画をつくりたいとしよう。
その脚本をエパゴギクスのフォーミュラにかけると物語性要素の組み合わせを分析して目標額に届きそうか予測してくれる。もしフォーミュラが5000万ドルと弾き出したら、止めるだけだ。

システムを開発した科学者がフォーミュラを神経ネットワークシステムで使いこなすさまを、ミーニーはこう描写する。「時には数時間かかるんだ。巨大なチャートのような網目の中でいろんな数字が点滅してね。まるでマトリックスの世界だよ。とにかく膨大な計算だ。彼はずっとその様子を見守るんだ。そして点滅が終わったら興収が弾き出されているってワケ」

経験値を駆使している点では神経ネットワークもハリウッドの重役たちも同じだ。
だが、神経ネットワークはたくさんの変数を恣意なく扱うという点においてはるかに優れている。
同じインプットなら神経ネットワークのほうが常により精確な答えを弾き出すことはアリゾナ大学の科学者のドッグレースを使った実験で10年も前に確かめられている。三人の予想屋と神経ネットワークが100レースにそれぞれ2ドルかけた最終結果は、三人はそれぞれ-71.40ドル、‐70.20ドル、-61.20ドルの完敗だったのに対し、神経ネットワークは+124.80ドルだった。グレイハウンドのレースはその時々の競争犬の状態によってさまざまに上下する”レース・グレード”の中で競っている。そのグレードを落とされた直後のグレイハウンドはちょっとだけ有利になり、逆にグレードを上げられた犬は不利になりがちだ。予想屋たちはこうしたレース・グレードの知識がありながらもきちんとした重みづけができなかった。彼らは過去の勝率と着順と記録タイムだけを参考にしていたのだ。

ハリウッドの専門家はあまりにも恣意的で無視してはいけない影響因子を無視してしまうとコパケンたちは言う。「それとちがってぼくたちのフォーミュラは非情なまでに客観的で、ハリウッドスターやエージェントとの人間関係も、組織内の出世競争も、まったく気にしないからね。興収はいくらになるのか?この一点だけが目的のすべてなんだ」

2003年夏。ミーニーの反対を押し切りコパケンはワーナーブラザーズの上級役員に接触を図った。エパゴギクスでは事前に16のTVのパイロット番組をフォーミュラにかけており、コパケンはこれをもとにそれぞれの番組のシーズン中の視聴率を予測させた。2004年一月、実際の結果は、6番組において0.06%の誤差で、そして13番組分までがフォーミュラの予測の2%の誤差に収まっていた。

一方、コパケンたちはハリウッドの別の映画会社にも接触を図る。今度は9本の企画中の脚本を予測させてもらえる機会を得た。そのうち、3本について予測は外れたが、残りの6本についてはその興収が採算ラインを上回るか否かを命中させた。その中の1本は映画会社が1億ドルの興収を期待している脚本だったが、エパゴギクスのフォーミュラはその興収を4900万ドルと予測した。実際の興収は4000万ドルに届かなかった。もう一つの大型予算の映画についても実際の興収額から120万ドル程度の誤差で予測を命中させ、そのほかの当てた予測についても数百万ドルの誤差に収めることに成功した。もしこの映画会社がエパゴギクスの予測にもとづいて撮影を調整していたら、何千万ドルもの損失を防ぐことができたはずだった。
もちろんうまくいった例だけではなかった。別の映画会社ではバカにされ取り合ってもらえなかったこともある。

そんな中、エパゴギクスは2005年公開された『ザ・インタープリター』を検証する機会を得られた。この脚本はもともと複雑な構成の上に、何度も修正を重ねてさらに込み入っており、ミステリーと伏線は十分ではなく、エンディングに関してはまさに暗中模索の状態で撮影を敢行した映画だった。エパゴギクスへの依頼内容は、どう改善していればこの映画は商業的にもっと成功できたのか?を検証によって明らかにすることだった。

Mr.ピンクとブラウンそれぞれがオリジナルの脚本と実際に撮影で使われた台本を読み、各自の採点を持ち寄ってそれぞれ一つずつの採点にまとめ、それらがフォーミュラに掛けられた。この時、エパゴギクスが手を加えたいくつかのシナリオパターンもフォーミュラによる”予測”を受けることになった。

Mr.ピンクは言う。「オリジナル脚本?複雑すぎる。何度も読み返さないといけなかった。一時間以上もかかるものになるとあきらかに関心は薄れてしまう。いわゆるマイナー受けするってやつだね」

フォーミュラが出したオリジナル脚本の予測価額は3300万ドルだった。そして台本版が6900万ドル。これは実際の興収額と400万ドルしかずれていなかった。
Mr.ブラウンは言う。「台本版のほうがアメリカン映画って感じになっていたな。オリジナルはどこかヨーロピアンという趣だった」

エパゴギクス関係者は一致して、監督ポラックはもっとうまく撮影できたはずだと結論づけた。国連という舞台設定もいまいちだったし、だいいちストーリーの起点になる”イベント”がなかった。場所は成否を左右する重要な要素なのだ。
Mr.ピンクは続ける。「舞台設定はとても重要だ。都市と田舎では大きな違いがある。観客がのめりこんでくれるようなインパクトを舞台設定は担っているんだ。それなのにこの脚本ではそれがいかされてない。我々のフォーミュラでは場所によってスコアが変わってくるんだよ・・・始まりがアフリカ・・・しかも実在しないあるアフリカの国というのはまずかった。観客はせっかちだからね、始まりがこれじゃあ期待外れにおもっただろうね」

この脚本にたいしてエパゴギクスが指摘した改善点はいずれも”小さな”ものだった。主役はもっと早く物語を展開すべきだった。若い観客が共感できるように、主役にはちょっと個性的な若い仲間が一人必要だった。そして舞台はもっと現実的なものに映るよう工夫されるべきだった。

フォーミュラは人物描写が改善されることの価値を246万ドルとし、舞台調整の価値を492万ドル、若い相棒役の価値を1230万ドル―などと見積もった。こうした改善点の価値を合計すると、2460万ドルにもなった。数週間費やし脚本を書き直して、一日か二日撮影を延ばすだけで、この映画の興収はあと2500万ドルも増やすことができたのである。そしてエパゴギクスがシナリオを最初から作り直していたとしたら・・・フォーミュラが弾き出した予測価額は実に1億1100万ドルにもなっていた。

エパゴギクスの連中がいま考えること。それは”もしこれらの改善点がすべてもりこまれた映画としてリメイクするとどうなるのか?”だ。
Mr.ピンクは言う。「映画ボディガードのようにもっとロマンチックにして、もっと二人の主役を引き立てて、政治的な背景とかはできるだけ抑えたとしたら・・・きっとみんなが夢中になる映画ができあがるよ。それよりいいのって?最近の映画で一番最高位にいるのはおそらくタイタニックだろうね。タイタニックの6億ドルは無理だよ。でも2億ドルはいけるんじゃないかな」

エパゴギクスの人工神経ネットワークは新たな領域を確立し、新たな市場を創り出し、そしてひとつの答えを導くことに成功した・・・”どうやったら興収は増やせるのか?” 
しかしどうだろう?我々を先読みして作られた映画によって得られる満足は、いずれまた別の満たされないものを生み出すことになるのではないか?

プラティナム・ブルーのマイク・マックグリーディ―は、その歌曲の問題点は低音にあることを指摘してくれる。だけどどうやってそれを改善するかまでは教えてくれない。そして調整を加えたものがヒットソングのように響くかどうかも保証しない。それがわかれば彼自身でヒット曲を作っているだろう。

Mr.ブラウンは最後に言った。「大きな予算はいらないよ。もとの脚本に手を加えて強いストーリーに変えて、エンディングはより印象的にして、大々的な宣伝はしない。低予算映画さ。口コミでひろがっていくみたいなね」
6900万ドルの映画を1億1000万ドルに変えるツールを手にした彼の表情は、それをさらに1億5000~2億ドルのものに変えることも可能だという自信にあふれていた。
でも頑固さものこる彼のことだ、それが”The Interpreter”ってわかる程度の名残は残してくれるかもしれない。フォーミュラを操る”科学者”は反対するだろうけど。

(終了)

※原文では映画一つ一つの内容まで掘り下げたかなり詳しい描写もあるのですが、この抄訳ではあくまでもエパゴギクスの技術的な背景と、ビジネスとして発展していく経緯を軸にまとめています。雰囲気を堪能されたい方には、原文のご一読を薦めます。

3 件のコメント:

  1. Y Combinatorのグレアムのエッセー、日本語訳どうもありがとうございました。
    日本語になるとすっきりわかり、有益でした。
    私はアメリカのVCについて研究しています。お立ち寄りください。
    http://d.hatena.ne.jp/masaono777/

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  3. Masato Onoさんコメントありがとうございました。貴サイトを訪ねてその情報量におどろきました。はるかに有益です!これらかもたびたび立ち寄らせていただきます。

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