2010年11月2日火曜日

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寓話『井戸を掘れ!』1.0 ~確実に掘り当てるのに必要なモノ~

寓話の背景
なぜベンチャーの多くが生まれてすぐに消えてしまうのか?
ベンチャーにチャレンジする創業者には優秀な人がおおいと思う。
だが圧倒的多数のベンチャーが数年以内に消えていってしまう。
ベンチャーのほとんどが一つのビジネスでスタートするわけだから、裏を返せばほとんどのビジネスが利益を生み出す気配すら見せずに消え去っていることになる。よほどの人脈と経験がない限り最初に手掛けたビジネスと違うものを素早く立ち上げ生き残っていくのは至難のワザであることは想像に難くない。
だからこそベンチャーにとっては最初に何を手掛けるかはとても重要だ。

では失敗するビジネスと生存するビジネスの違いはどこにあるのか?
そのことに一石を投じたくて、"The Sure Thing"を抄訳した。
だけど、まだ十分じゃない気がする。確かに存在するビジネスを機知でもって賢く買い取るスタイルがリスクが少ないというのはわかった。
しかし、だれもが既存のビジネスを買えるほど確立されたバックグラウンドを持っているわけではない。
ぼくたちが本当に知りたいことは、”どうすれば勝算の高いビジネスをスタートすることができるのか”ではないか?

ゼロからの起業は誰にとっても危ないものなのか?
生き残ったベンチャーは運がよくて、そうでないもの達は不運なだけだったのか・・・??
ぼくたちだってグラッドウェルみたいに既成の概念を疑ってみるべきではないか?
仮にうまくいったベンチャーたちが、”うまくいくべくしてうまくいった”という風に考えてみるのは意味があるのか?
ゼロからの起業でしかもリスクをとらない・・・それが可能だとすればどのようなものか?

The Sure Thingで学んだこと、今までの経験、成功した事業家たちがこっそりと繰り返してきたこと、そんな手元に集まっている知識や理解を一つの寓話にまとめてみることでゼロからの起業とはなんなのか?そこで失敗をしないための要諦とはなにか?をあらためて見つめなおしたいと思った。
これは起点であってゴールではない。どこかにこれ以上の知恵を持っている人もたくさんいるとおもう。そんなフィードバックも巻き込んでこの寓話がどんどん進化していけば・・・その先にみんなが共有できるおもしろい”気付き”が待っていそうな気がします。

*   *   *

寓話『井戸を掘れ!』1.0 ~確実なことを掘り当てるのに必要なモノ~
"Dig a Well, Unfailingly" by Hiro. Senaga

これは僕たちがすむ世界にくらべ科学技術の発展が遅れている、ある想像の世界のおはなし。
そこでは人々が水だけを飲んで暮らしている。
水をたくさん持っている人はうらやましがられ、少ない人は見向きもされない。

そして渇きすぎると死がせまってくる。だから誰もが水を補給することに必死な世界。

この世界で水を手に入れるには二つの方法しかない。
川で水を汲むか、井戸で水を汲むかのどちらかだ。(いまでは雨もほとんど降らなくなってしまった)


この世界では大人になるとほとんどの人が週に五日、川に水を汲みにいく。川で水を汲むには往復で16時間の移動が必要になる。何人もこのルールを曲げることはできない。しかも水を汲める容器の大きさは一人ひとり決められており、勝手に容器を変えることもできない。川には”水番”と呼ばれる人たちがいて、毎日、一人ひとりの容器のサイズが変わっていないかをチェックしているから。水番には、”容器を没収する”権限も与えられている。没収された者は川に水を汲みにいくことは許されない。これが川に水を汲みにいく者に定められたルール。

井戸
井戸で水を汲もうとすると、条件はもっと厳しくなる。基本的に二つの方法しかない。

一つはすでにある井戸から水を分けてもらうこと。この世界では満々と水をたたえた大きな井戸が数個存在する。それらの井戸も厳重に警護されていて、井戸の所有者とその身内以外、勝手に汲むことは許されない。川から水を汲んでくるのと似て、水番に容器のサイズを認めてもらう必要もある。そして川にくらべここではそれほど大きな容器の持ち込みは認められない。そこで水を貰いたいのなら小さい容器で我慢するしかないのだ。

もうひとつの方法は、井戸を掘ること。井戸を掘るには時間がかかるので、よそに水を汲みにいくことを断念しなければならない。当然失敗すると強い渇きに脅かされ、下手をすると死に至ることもある。川に戻ろうとしても、使わなくなった容器は認められないので、水番に認めてもらい新しいものを与えてもらうしかない。時には一年とか待たされるのだ。
この世界ではそのほかにも何百個もの小さな井戸が存在する。水が湧いているものもあれば、カラ井戸かもしくは途中まで掘られて見捨てられた未完成のものもある。井戸は掘ればあたるというものではないようだ。水がでる井戸のほとんどは小さな井戸で、一人か二人の所有者たちを潤すのが精いっぱいの水量しかない。だから彼らは他人には分け与えない。

そして重要なことだが、大きな井戸を掘り当てた人たちや複数の小さな井戸を持つ人たちはどうしたら井戸を掘り当てられるかをあるていど知っている様子だ。だが、それを他者に教えることは一切ない。彼らはその経験値にこそ価値があることを熟知しているから。また他者が同じように井戸を掘り当てると自らの水源に影響が及ぶかもしれないという危惧も少なからず抱いていると思われる。だからこの世界では井戸を掘り当てる知識は伝播することはない。

この寓話の世界観


この世界でくらすダンも川に水を汲みに行くようになって5年が経つ。ダンの容器はそれほど大きくなく、週に五日はかならず川に水を汲みにいかないとたちまち枯渇してしまう状況にある。友人マイクも状況は同じだ。二人はよく一緒に川に水汲みにいく。

マイク 「聞いたかい?スティーブの水汲みの資格が取り消されたらしい。昨日のことだ」
ダン 「スティーブが?なぜ?つい最近みんなの容器のサイズを小さくしたばかりじゃないか。なんでよりによってスティーブなんだ?」
マイク 「よく知らないが、担当の水番に嫌われてたからな・・・。表向きは川の水量が減ってきたのが理由だと言われたらしい。かわいそうに・・・」
ダンは怒ったような口調で言った。「理由があるならまだしも感情でやられたらたまんないよ。実際、川の水量はまったくかわってないじゃないか」
マイク 「それは俺も同感だよ。だけどなにができる?水番がそういう限りいくらあがいてもダメさ。これがルールだから仕方ないよ」
ダン 「マイク、俺たちはいつまで水を汲みに行けるんだ?考えたことあるかい?スティーブに起こったことは俺たちにも起こりえるよ。なんとかしなきゃ・・・きいてるだろ、最近いとこのマシューが掘り当てたんだよ、小さな井戸を!」
マイク 「ああ、マシューはラッキーだ。もう川に水汲みにいかなくていいんだからな。水が涸れなきゃ、井戸のそばでのんびりと過ごせる。まったくスティーブとは大違いだ。でもよしとけ!井戸ほりゃどうにかなるなんて。ありゃバクチだ。お前も俺も一回失敗したんだ。それで沢山さ。しかも次に失敗したら川に水汲みに戻れないかもしれないんだぜ」

マイクの言うとおり、二人は過去にそれぞれ井戸を掘って失敗し、渇きで死にかけた苦い体験があった。
ダンは深く掘ることはできたが水が出なかったのだ。
マイクの場合は深く掘ることもできず途中で投げ出した。
そう二人とも井戸を掘る怖さは身に染みてわかっている。

その夜、ダンは寝つかれなかった。
―これからどうなるかなんてだんだんわからなくなってきている。水番の気分しだいでは、ひょっとしたら来週から川で水汲みをすることもできなくなるかもしれない。マイクは井戸掘りなんてかんがえるなというが、このまま我慢しても良くなる保証なんてどこにもない。ほんとうに井戸を掘ることは不可能な話なんだろうか?実際、掘り当ててる人と俺たちとの違いってなんなんだ・・・・・・?

翌日は土曜日だった。
起きがけにダンはあることを思いついた。ダンを昔から可愛がってくれている物知りのトニー爺さんにあってアドバイスをもらうこと。それが最善に思えた。
一緒に行くことになったマイクとダンがいよいよ出かけようとしたとき、スティーブがやってきた。うなだれて語るスティーブに同情した二人は彼も誘って出かけることにした。

仲間とふたりで小型の井戸を持って悠々自適に暮らしているトニー爺さんは三人を温かく迎え入れてくれた。

二人を紹介してダンはさっそく切りだした。「トニー爺さん、いろいろ考えたけど、やっぱり僕たちも井戸を掘り当てたいんです。どうやったらそれができるか教えてもらえないでしょうか」
トニー爺 「ダン、わしはお前のことを子供のころからかわいがってきた。だがな、お前も知ってのとおり井戸を所有するものはギルドと呼ばれる盟約に宣誓をして初めてその所有権を保護される。その中でも一番重要なことが”語るなかれ”なんじゃよ。井戸をどうやって掘ったのかは他の者に知らしてはいかんのじゃ。相続する者いがいにはな。そしてわしには息子が一人おる。お前だってそれくらいのことはわかるじゃろう」
ダン 「わかっています。トニー爺さん、手がかりでいいんです。ぼくたちは一度自分でやってみてその怖さを身にしみてわかっている。だからこそ、本当に諦めるかを決めるうえでも、このことをきちんと考えてみたいんです。その手がかりだけでも教えてもらえればすごく助かるんです」
・・・・・・
しばし沈黙のあとトニー爺さんが重い口をひらいた。「ひとつ言えるとしたら、すべての井戸と途中で失敗した井戸穴にいってみろ、ということじゃ。よくみれば手がかりがつかめるかもしれん。けっして所有者に質問してはならん。警戒を招くだけじゃからな。アタマを働かせてひたすら観察するのじゃ。おまえたちだったらできるかもしれん」

ダンとマイクとスティーブの三人はそのアドバイスにもとづいて、手分けしながら調べることにした。
スティーブは川にいくことができなかったが、彼の家族から少し、そしてダンとマイクから少しずつ水を分けてもらうことで渇きをまぬがれることができた。そのかわり誰よりもたくさんの井戸の調査を担当することにした。

彼らは小さな井戸について次の三点を調べた:

  1. キチンと掘られているかどうか
  2. 水があるのかないのか
  3. 何人が所有しているのか


井戸の数だけで百以上あるうえに途中で止めてしまった穴がその数倍もあるためこの調査には結局四か月もかかってしまった。スティーブがいなければもっと時間がかかっていただろう。

彼らの調べた結果はこうだった:

  1. きちんと掘られた井戸は680、途中までしか掘られていない井戸の数は640だった。
  2. 水がある井戸とカラ井戸は136:544、つまり2:8の比率だった。
  3. 10人以上が所有者である井戸は2、それより少なくて5人以上が35、それより少ない井戸は99個だった。


このことから、この世界では井戸を掘っても20%の的中率しかないことが分かった。10回に8回は失敗する。どうりでマイクもダンも失敗してしまったわけだ。
そして水が出る井戸の実に70%強が水量が少なくせいぜい二人までの所有者を潤すのがやっとの状態であることもわかった。

三人は調べた井戸と掘り穴すべての写真もとっていた。そこで彼らは調べた結果にもとづき、写真も分類してみた。
ところが井戸も掘り穴も入口部分はきちんとレンガで作られており、とくに大きな違いは見られなかった。

ひとつの井戸を掘るには二人がかりでも最低一年はかかる。
この事実と調べた結果にもとづいて三人はそれからしばらく一生懸命考えたのだった。
でてきた現実的な案は次のようなものだった:

  • 五つの井戸を10名で掘らせ、そのメンバーの分の水を40名の仲間がサポートする。(この計算だと50年間続ければ一人ひとりが井戸を手にすることになる。確かに妙案に思えたが時間がかかりすぎるし、それだけの仲間を説得することができるかもわからなかった)
  • 週末に三人で掘る。これだと一つの穴を掘り上げるのに一年半かかることになる。仮に5本井戸を掘ったとしても7.5年だ。(確かに時間がかかるが、この時の三人にはこれが一番現実的な方法に思えた)


ダンたちは、この結論を持ってもう一度トニー爺さんにアドバイスをもらうことにした。

三人の努力の末の発見とアイデアを聞いたトニー爺さんはしばらく黙考したのち、こういった。「残念ながら、その三人の案もうまくいかんじゃろ。ダン、それから君たちはまだ若い。若さの長所は楽観じゃが、短所は無知なことじゃ。君たちにはまだ知らないことが多い。長く生きてはじめて理解できることもある。そのうちの一つが人は時間にたいしてそれほど忍耐強くないということじゃ。三人で7年半かける案にしてもはずれ続ければ6年目が終わるまで成果がないということになる。そのころには1/5の確率なんてもう誰も信用しなくなっておそらく五本目を掘ることもむずかしいじゃろう。しかも掘り当てたとして一人分の水量しかなければどうするんじゃ?争うのかな?分け合うとしてもみんなが納得のいく分配はむずかしいじゃろ。もう一度考えなおすべきじゃ」

トニー爺さんとの話し合いのあとから、マイクもスティーブもすっかり意気消沈してしまった。ダンですらなかばあきらめ、”しょせん井戸を手に入れるなんて運不運の問題なんだ”と納得するようになった。来る日も来る日もダンとマイクは川に水を汲みに通い、スティーブは大きな井戸で水を汲めないかと水番にお願いしてまわる日々を過ごしていた。

そんなある日、トニー爺さんからダンに手紙が届いた。
開いてみるとそこには一行、”マシューに会いにいきなさい”というメッセージが書いてあった。

次の週末、ダンたち三人はマシューを訪ねた。
マシューは大きな水差しいっぱいの水を用意して三人を迎えいれてくれた。
三人が入るなり一言、「トニーの爺さんから頼まれてる。今日はむずかしい話抜きで三人と楽しくすごしてくれってね」と言った。
それから数時間、四人は会話をたのしみ、水をがぶ飲みしながら贅沢な時間をすごしたが、ダンたち三人はどこかはぐらかされた気持ちだった。
井戸を手に入れたマシューの暮らしぶりは裕福で悩み事などないかのようだった。
楽しいひと時を終えてマシュー宅を辞そうとしたとき、マシューがサッと小さな紙切れをダンの手に滑り込ませて、さわやかな笑顔で「また遊びにきてよ」と言った。

三人はダンの部屋に着いてからその紙切れを広げてみた。
そこには、”ディープ・ランダー。夜つけろ!この紙燃やせ!”とだけ走り書きされていた。
スティーブ 「ディープ・ランダーなら知ってる。三人のグループで、ここ一年あまりで五本の井戸を発見した連中さ。いまでも活動しているはずだよ。おれが井戸を回っていたときよく噂を耳にしたのさ。かなりのやり手らしい」
マイク 「なるほど、だとすると、そいつらを夜尾行しろってことかい?マシューのアドバイスに従うなら」
ダンがその紙切れに火をつけながら言った。「スティーブ、悪いができるだけディープ・ランダーの詳しい情報を集めてきてくれないか。あつまった情報に基づいてもう一度は話し合いたいんだ」

そして次の土曜日の朝、三人はダン宅にふたたび集まった。

スティーブが調べたことを報告し最後にこう加えた。「やはりなんといっても驚くのは、ディープ・ランダーの連中はこの一年あまりで五本の井戸を掘ったんだが、一度もはずしていないってことだ」
ダン 「つまり五本だけ掘って五本とも的中ってことかい?」
スティーブ 「そう、そのとおり。信じられるかい?確率でいうとえーと・・・」
マイク 「それだけで普通じゃないことは十分わかった。問題はなぜ彼らにそれができたのか?ってことだな。スティーブ、それはどう思う?」
スティーブ 「それはまだわからない。ただ彼らは自分たちでちまちま掘ったりしないんだ。掘る地点を決めたら穴掘り専門業者に委託をしてすばやく掘ってしまうらしい」
ダンも身をのりだして言った。「確かに興味深い。わかるのはマシューには彼らの秘密がわかっているってことだ。彼らはおそらく夜しか活動しないんだろう、スティーブ?」
スティーブ 「そういうことかもな。実は彼らの現在の居場所も掴んでいる。彼らが今晩動くかは知らんがやってみるかい?」
三人に異存はなかった。

その夜、彼らはディープ・ランダーが滞在していると思われる建物を見張ることにした。
がその日ディープ・ランダーに動きはなかった。
翌日の日曜日も待ってみたが同じことだった。

また一週間が始まるので見張りはスティーブが担当することになった。スティーブもこうなったら昼夜彼らを見張るつもりだった。動きがあればダンとマイクにかけつけてもらう手はずもととのった。
ディープ・ランダーは昼間ぶらぶらと出かけることはあったが、夜出かける様子はなく、それからまた数日があっという間にたってしまった。
スティーブはその間、昼夜を問わず彼らの動向を監視し続けてくれた。
そしてついに木曜日の晩、スティーブからダンとマイクに連絡が入った。動きがあったのだ。二人は急いでスティーブに合流した。

この尾行のためにダンは知り合いから双眼鏡を一台借りてきていた。これによって離れた距離からでも何をやっているかを確認することが可能となった。

その日のディープ・ランダーたちは明らかに”仕事”に出かけるらしく、簡単とはいえ装備を背負っていた。
三人は怪しまれないよう通行人に紛れ十分距離を保ちながら彼らをつけていった。
ディープ・ランダーは時折背後を確認しながらゆっくりと進んでいくのだった。彼らはあきらかに誰にも知られたくないことをこれからしようとしているのだ。
三人が緊張したのは言うまでもない。

街の外れにきたあたりから昏くなり、ディープ・ランダーの足取りが急に速くなった。
通行人もすくなくなってきたのでまっすぐ後ろをつけると怪しまれる。三人は道と並行している丘陵を伝ってつけることにした。
それから一キロほどは進んだだろうか。ディープ・ランダーがある場所で立ち止まった。後ろ振り返り入念にあたりを見回している。
小さな照明が灯された。
知られたくない何かがこれからはじまるのだ。一人が何かを機械を取りだした。

三人は一台の双眼鏡をかわるがわる手にし、喰い入るように覗きながらささやき合った。
「湿度計じゃないか」
「ああそうだな、よくわからないが高性能なヤツに見えるな」
「でもそんなのみんな使っているぜ。かれらもそれだけを使って見つけてるってのかい?」

ディープ・ランダーの三人は湿度計を手にそれぞれ円を描くように歩きだした。
どうやら一番高く反応するポイントを特定しているらしい。
そして二人のメンバーが手をあげてそれぞれのポイントで立ち止まった。
もう一人のメンバーがいそいでそれぞれが示した地点にマーキングをしているようだった。
そしてそのうちの一か所に三人が集まった。
何か反射する長いペンのようなものを取り出しているようにみえるが三人にはそれがなんなのか判然としない。
しばらくみていると、かれらはそのペン状のものをつなぎ合わせ一メートル弱の長さを作った。
そしてそれを地面に突き立てると上部を両手で包み込んだ。

それから数秒後にウーンという低いモーター音が三人にまで聴こえてきた。
見ているとその棒はどんどん地中に向かって刺しこまれていく。
おそらく強力な小型モーターかなにかだろう。それによって棒状のものはどんどん押し込まれていく。
そして半分くらいになると、彼らはまた短い棒をつけたし、押し込みを繰り返した。

これをみたダンは衝撃とともにたちまちすべてを理解した。
これなのだ、マシューがぼくたちに伝えたかったのは。
となりをみるとスティーブがゆっくりとダンに顔を向けしゃがれ声でいった。「たいしたもんだよ。これだったら20メートル掘るのも数時間でできちまう。一晩あれば二か所はチェックできるもんな。そして採取できた土に十分な水分があれば、そこに水源のある確率はとても高いってことになる。なんてことだ・・・」
マイクはボーッと双眼鏡に見入ったままだった。

実際かれらディープ・ランダーはその晩のうちに、二か所を同様の手口でチェックし終えた。
一般の人が二人がかりで二年かかる仕事を三人でたったの一晩で片づけてしまったのだ。
そしてダンたちは彼らの行動の一部始終をできるかぎり詳しく記録していった。
マイクがあきれとも感心ともつかない調子でポツリとつぶやいた。「穴を掘るんじゃなくてあんなに細くドリルしてしまうとは・・・そして水源が確認できた箇所だけを機械であっというまに掘ってしまう・・・そりゃはずさないわけだ」
気づけば簡単なことだがまわりが誰もしていないなかで気づくのはどれほど至難なことか・・・そして多くの人がそのことに気づくことなく、途中で挫折し、あるいは本当に息絶えていったのだ。

三人はそのまま丘陵の上で朝を迎えた。
もうディープ・ランダーの姿はどこにもなかった。
どうやら昨夜の作業はただのチェックで終わったらしい。

眠気でアタマは鈍かったけど三人はすがすがしい気持ちだった。
クスクスとスティーブが押し殺したように笑いだした。「これでようやくわかったよ。まったくトニー爺さんとマシューには大感謝だな」
ダン 「ああ、そのとおりだ。トニー爺さんが止めなきゃ、また失敗を繰り返すところだった」
スティーブ 「いまになってすべてがつながったよ。彼らは昼間ぶらつきながらいろんな場所の住民に声をかけ、あることを確認してたんだ」
ダン 「なんだい、それは?」
スティーブ 「カエルやトカゲの目撃情報だよ。ぼくが彼らをずっと監視しつづけてたとき、彼らが声をかけた同じ人に駆け寄って訊いたことあるんだ。彼らが何を質問したかね」
マイク 「それがカエルやトカゲってことか?」
スティーブ 「正確にいうとそこが湿地帯かどうかをそう質問することで確認してたわけだ。だれもカエルやトカゲを見かけない土地ってのは井戸を掘っても外れる可能性がたかいしな」
ダン 「それで大まかに検討をつけ、個別には湿度計などを使いさらに絞り込み、最後は棒を挿し込むってわけか」
スティーブ 「ああ、そうすることでどんどん確率を上げていったんだ」
マイク 「なるほどな・・・」
ダン「ギルドが盟約までして守りたかったのはこうした知恵さ。ほんとトニー爺さんとマシューに感謝だな」
「ああ」

いま、かれらはトニー爺さんが言うように楽観だけではない現実的な知恵がこの世にあることを知っている。
ダン 「頓挫してしまった井戸がなぜほかの井戸と同じような外観だったかもいまだと解る気がするな」
スティーブ 「ああ、彼らは大きな穴をあけるとか、掘った穴をレンガを積んで補強するとか、水を見つけることとは直接関係ないことばかりに時間を費やしすぎたんだ」
マイク 「だから中途半端に投げ出されたヤツもふつうの井戸と変わらない外観をしてたってわけか・・・」
・・・・・・

その日から二年がたった。
三人は今ではそれぞれ自分の井戸をもち、かつ新たな井戸掘りのプロジェクトも共同で手掛けるようになっていた。
今度手掛ける井戸で5本目になる。もちろんすべてハズレなしだ。
そういまや彼ら三人をいちばん警戒しているのはほかならぬディープ・ランダーたちなのだ。

*   *   *

解説
寓話『井戸を掘れ!』1.0はかなりデフォルメした舞台設定のなかでベンチャーを取り巻く矛盾とかジレンマを描きだす目的で創作してみました。いかがでしたか。井戸の代わりに小さな穴を掘る。水源の確認を何事にも優先させる。考えればごくごく自然で合理的なことです。そして、こうした限定された状況設定では時間をかければほとんどの人が気づくことなんですね。けれども実際にベンチャーを手掛けようとするとなかなかこのようには進みません。

資金よりも重要なのはこの水源を見つけることへの理解とそれをできるだけ精確に実現させてくれる人脈力であったりします。

失敗するベンチャーに共通する傾向に次のようなものがあります:

  • アイデアだけでスタートしている。事前に十分なヒヤリングをしていない。
  • 完璧なサービスやモノを作ろうとする。デザインや外観にお金をかけてしまう。
  • 資金をすぐに使い始める。
  • サービスやモノの開発に時間がかかりすぎてしまう。
  • 儲けの仕組みに腐心しすぎている。
  • 一般ユーザー向けなのに合理性を追求しすぎている。


こういったことに集中すると、『井戸を掘れ!』の中に登場してきた未完の掘り穴やカラ井戸ばっかりができてしまいます。
やっかいなのはこういった共通項のほとんどが、周囲の”起業の仕組みをしらない”人々からみると一見”マトモな作業”に映ってしまうことです。
真面目に努力しているのだから大丈夫だろう。当初はそんな期待感で周囲も見つめる。
そのうち資金が枯渇し創業者自身の生活もままならないようになる。そうなると周囲は”やはり起業なんてするもんじゃない”と結論づけるのです。
これらすべては起業の仕組みに対する無知に起因すると言ってもよいでしょう。
そうベンチャーにとって、あるいはすべての事業にとって一番重要なのはそこにニーズがあるか?につきるのです。
水源です。すべてに優先して確認すべき点はこの一点だけと言っても過言ではないでしょう。
しかもそれは、できるだけ最適な母集団にヒヤリングをする、市場のデータを分析する、最低限の機能を備えたプロトタイプを用意するなど、割と少人数の創意工夫と手弁当的なアクションで成し遂げられることが多いのです。にも拘わらず、初心者であればあるほどお金を投入して開発プロジェクトをたちあげてしまい自らカウントダウンをセットしてしまう傾向があります。

この寓話のもう一つの目的は経験値の大切さを強調することでした。
三代以上つづく事業を営んでいる家系にはこういった経験値が文字や口承を通じて次の世代に伝わっていく可能性がたかいんですね。
そこには三代なら三代分の失敗や成功から学んだ経験値が集約されています。
そしてこれは往々にして一人の人間の能力を超えた智慧である可能性が高いのです。
なぜならどんなに優秀な人間でも、一人に許容されている失敗できる時間や資金は限られているのが普通だから。

あなたがもし一般ユーザー向けの商品やサービスを手掛けたいのであれば合理性よりも心理的にインパクトのある内容を考えるべきでしょう。
個人が消費する対象のほとんどが心理的対価である場合が多いのです。なぜ高級車が売れるのか、ブランドバックがうれるのか、占いがはやるのか、考えてみましょう。Facebookやtwitterにどれだけ合理的なニーズがあったのか考えてみましょう。特に理系出身者ほど合理的なサービスやモノを開発することに魅せられる傾向が見受けられますが、合理的な買い物をするのは企業のほうです。個人ではありません。

最後にもう一つ、”儲けを出す仕組み”にだけこだわらない、ということでしょう。幅広く支持を得られるニーズにビジネスモデル(利益を作り出す仕組み、を指す)を組み合わせた成功事例は多くありますが、ビジネスモデルを作り出しておいて大きなニーズを開拓したという事例は少ないのです。Googleの歴史を紐解いてみましょう。くり返しになりますがfacebookやtwitterもそうです。そこまで大成功しないサービスでもそうですが、それを使ってどうお金儲けをするか?ということばかりに腐心していたらああいったサービスは生まれなかったでしょう。創り出すものが大衆のニーズにウケる”粘り”をもっていることのほうがはるかに重要なのです。なにより腐心すべきはそのことなのです。

(了)

Thanks for your proofreading: Toshi. K., Tecchi O., Jim O.

3 件のコメント:

  1. 何人かの方から上記コンテンツに関し「グレアム氏の和訳ですか?」と問い合わせが来ています。これはhiro.senagaによるオリジナルでグレアム氏の創作ではありません。同氏のご迷惑になることを懸念し、ここに明記させて戴きます。誤解した方すみませんでした。

    返信削除
  2.  大変に面白かったです。
     ありがとうございます。

     解説のところにある、失敗するベンチャーに共通する傾向のリストも嬉しいです。

     細いドリルに相当する部分として、損失が限定された小規模なテストも、リストに加えても良いのかもしれないと思いました。



     それと、ちょっとした個人的な意見があります。経験値が次の世代に伝わっていく可能性についてです。意外と次の世代に伝えられないものでは?と思いました。
     アメリカには「三世代でシャツの袖から袖へ」ということわざがあったと思います。他の国でも似たようなことわざは多いと思います。
     ビジネスにおいては、親子で直接伝えられるコツのようなものは、案外少ないか、あるいは成功に占める割合が小さいのかもしれません。少なくとも、何代目○○が存在できる伝統芸能よりも、ビジネスには伝えられるコツが少ないか、時代によって変化する部分が大きいように思います。または、「わが子には自分のような苦労をさせたくない」という親心が邪魔をするのかもしれません。

     一般的に、三世代以上続くビジネスは、時代の流れによって排除されにくい、独占力があるか消費者に訴えかける力のある分野に見えます。または、先に優位性を築くことが有利になるビジネスを選択できた場合に見えます。どちらも、ある種の幸運に恵まれたのではないかという気がします。
     三世代以上の期間「ビジネスが成功の状態を保った」のは、ビジネスの才覚よりもビジネスの領域選択が重要かもしれません。しかもその領域選択の成否は、ほとんど場合はあとにならないとわかりません。なので、幸運に分類しました。
     もしも本当に次の世代に経験値や成功の法則が伝わるのなら、わたしなら三世代以上にわたって、新規ビジネスを成功に導いた事例を探したいなと考えます。創業者が成功させたのは創業の部分であって、成功したあとの経営を引き継ぐのとは分野が違って見えます。

     すんごく長くなってしまいました。
     わたしには確信はないのですが、お伝えしたいことは、ビジネスのコツや経験値は、意外と次の世代に伝えられないものでは? ということです。
     もしかしたら経験値を伝えにくいことよりも、「起業家精神はほとんど伝えられない」ことが、より根本的な問題なのかもしれません。なにせ育った環境が違いますからね。育った環境が違うせいで伝えるのに困難があるならば、よほど念入りに教育する必要がありそうです。もしかしたら、そのせいで「三世代でシャツの袖から袖へ」なのでしょうか?


     繰り返しになりますが、とてもよかったです。
     そして、
    ・一般ユーザー向けなのに合理性を追求しすぎている。
    の項目に目からウロコが落ちました。

    返信削除
  3. ケイさん

    拙作にご関心をいただきありがとうございます。こちらも長いコメントを(笑)

    三世代でシャツの袖から袖へ・・・あの有名な投機家ニーダホッファーが自らの失敗を自嘲気味に語っているシーンと共に想い出しました。

    「細くドリルする方法」
    この寓話『井戸を掘れ!』、反響の大きさに正直驚いています。特に”細くドリルする方法”についての問い合わせを多く戴きました。これに関してはまず手元の情報を整理し、どういったカタチで開示するのかを検討していきたいと考えています。『井戸を掘れ!』2.0なんてものがあってもおもしろいですね。

    「経験値が世代を超えて伝播するか?ビジネスのコツはとくにつたわらないのではないか?」
    個人的な見解ですが、ぼくはノウハウが介在することでこうした智慧の伝承は可能だと考えています。確かに数世代で没落していく創業家のストーリーもごまんとありますが、その反証ともいえる例もまたあります。後者の方が少数なのは間違いないでしょう。ロスチャイルド家の物語を描いた「赤い盾」などはおもしろい読み物かもしれません。中国で本当に儲けているのは温州人だけだ!との情報も入ってきています。なぜ温州人がビジネスに長けているのか?ここらへんにもこうしたノウハウは転がっているとおもいます。本当のノウハウというものは寓話でいう井戸の所有者たちが知り得ているものでなかなか外部に伝播しにくことは確かでしょうね。

    「ビジネスの領域選択が重要でしかもその正誤は時間を経てしか証明されない」
    たしかに時世とともにニーズが大きく変化する領域もありますね。あまり変わらない領域もあります。個人的に”ヒットするビジネス”は難しくても”はずれないビジネス”を模索することは可能だと考えています。そして後者を模索することは一部の人にとってこれからどんどん手軽に効率よく行える時代、ベンチャー2.0とでも表現すべき時代に入ってきていると考えています。この辺もこれから取り上げる題材を通じて様々な角度から紹介していければと考えています。

    気持ちの入ったコメントをいただきありがとうございました。
    これからもよろしくお願いします。
    hiro.senaga

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